■ 山村の生活を肌で感じる
日本は「山国」だといわれる。実際、国土の大半が山で、冬ともなれば温暖な沖縄や離島を除けば、
ちょっと車を飛ばして山へ向かえばスキーを楽しむことができる。だけど、日本は「山国」だ。
という言葉の中にある、「山国」としての文化や雰囲気を感じさせる場所はとても少なくなってしまったと思う。
そんな中で、高山〜荘川〜白川郷〜五箇山ルートは、出色ともいえる山村文化満喫のルートだ。
■ 飛騨の小京都から分水嶺へ
飛騨の小京都高山といえば、かつての天領本陣前で開かれる朝市が有名だ。
宿を早めにチェックアウトして、まずはその朝市を覗く。
近在からやってきてお店を広げているおばちゃんたちが扱っているのは、採れたての野菜や
この地方特産のほうば味噌など、どちらかといえば生活に密着した品物が多い。
それが、逆に市場の親しみやすさになっている。中には、猫が喜ぶまたたびの実とか
胃に効く生薬であるせんぶりなどという、山国ならではの物産もある。
ぼくは、何故か安産のお守りという「さるぼぼ」(350円)を一個買ってしまった。
朝市の北の入り口の角に屋台を出している陣屋ダンゴ(1本60円)はお勧め。
こぶりのみたらしダンゴで、とても素朴な味がする。
時間があれば古い町並みを散策したり、郊外の見どころを回りたいところだが、
それは次に譲って、今回は旅を急ぐことにする。
高山からR158を一路西へ。清見村から荘川にかけての道は、「飛騨の匠」といわれるように
木工が盛んな土地であることを実感させる整然と手入れされた森が続く。
清見村には、30年近く前に自然の中で暮らすことを志向した若者たちが作り上げた
木工のコミュニティ「オークビレッジ」がある。ここも時間があったら寄ってみたいスポットの一つ。
清見村の中ノ瀬で五箇山方面への道を分けて南に進むと、緩やかな尾根上を進む爽やかなコースになる。
空が広く、日差しが眩しい。このあたりは、飛騨でももっとも山深く、
都会からのアプローチがたいへんな場所だったが、東海北陸道の建設が進んで、
そう遠くない将来、手軽に訪ねることができるようになるだろう。
荘川の牧戸から、いったんR156に入り、10kmほど南下すると、国道脇に分水嶺がある。
標高867m、「中央分水嶺公園」と名づけられたそこは、静かな林の中に湧き出た水が、
左右に分流する沢となっている。左は長良川となって太平洋へ、右は庄川となって日本海へ注ぐ。
国道のすぐ脇に、こんなにも明らかな分水嶺があるのは珍しい。
この小さな流れが、ここを基点に日本を南北に分ける大河となるのかと思うと、自然の営みの偉大さをひしひしと感じる。
■ 世界文化遺産指定の正しい日本の古里!?
「中央分水嶺公園」公園から来た道を引き返し、R158を今度は白川方面へ。
この道は、分水嶺から日本海へ向かう庄川沿いの道だ。「山が厚い」とでも表現したらいいだろうか。
険しい峰があるわけでもなく、山深いというのでもなく、同じ感じの山並みが行けども行けども続いている。
どこが最奥でもなく、ひたすら同じボリュームの山が続いている。「山国飛騨」を実感させる風景だ。
そんな中、ひょっこりと特徴的な茅葺屋根の合掌作りの集落が現れる。
山の厚さと雪深さの独特の風土が作り出した独特の建築は、いかにも周囲の自然に溶け込んでいて、
人の営みが自然を軸にしていた頃のことを思い出させてくれる。
この白川郷から五箇山にかけての合掌作りの集落は世界文化遺産に指定されたけれど、
指定されたその年には観光客がどっと押し寄せ、その後も以前の倍増どころでは済まないらしい。
実際、平日でも観光バスがひきもきらない。これで、建設の進む東海北陸自動車道が開通したら、
いったいどうなってしまうのか?
白川郷は、白山山腹を西へ縦断する白山スーパー林道の基点になっている。
でも、残念ながら、この林道は二輪車の通行が禁止されている。なぜ、
二輪車だけ締め出されなければならないのだろう?
白川郷から北へ15kmあまりでもう一つの大規模合掌作り集落の五箇山に着く。
その途中、国道沿いの道善寺という寺の横に、ひっそり佇む湧水を見つけた。
「丸池の霊水」と名づけられたその水は、熊野権現のお告げによって湧き出したのだとか。
湧出量はさほど多くなく、浅井戸に鏡のように溜まっているだけだが、それをひしゃくで掬い取って飲むと、
これが意外なほど冷たく、夏の日差しに焼かれてきた体を内側から心地よく冷やしてくれる。
名水百選とかいうのではなく、こういう、埋もれた湧水を発見したときが、湧水フリークには至福の時なのである。
白川郷も五箇山もかなり観光地化が進んでいるけれど、昔のままに保存されている
合掌作りの家の軒に入って休憩すると、それなりに往時の雰囲気が偲ばれる。
合掌作りの多くが、食堂や民宿になっているので、ここで食事をしたり、泊まってみるのもいいだろう。
因みに、ぼくは、相倉合掌集落の中にある「まつや」で、合掌そばと五箇山豆腐を食した。
こういった山間では、やっぱりそばが旨いのだ。
■ 最後の仕上げは、ほんとに鄙びた温泉で
五箇山を後にして、そのまま行けば20kmあまりで東海北陸自動車道の福光ICだが、
途中で面白い名前の温泉を見つけたので立ち寄ることにする。その名も「林道温泉」。
林道温泉というからには、何か有名な林道の始点にでもあたるのかと思ったが、
このあたりの集落が「林道」という名前なのだそうな……それにしても珍しい名前ではあるが。
田の緑が広がる平野の中に屋敷森が散らばる北陸独特の景色を眼下に眺めながら、湯船に浸かる。
かつては三軒あった湯治宿が、今は観光荘一軒だけになっている。
他に誰も客のいない湯治場で呆けたようにのんびりしていると、
「これが正しい日本の田舎なんだなあ」なんて、思わず呟いてしまう。
ここから、さらに金沢あたりまで足を伸ばしてもいいが、今回は、
素朴な山村の佇まいの印象だけを土産に家路に着くことにしよう。
2000年の夏の時点で開通している東海北陸自動車道の福光ICまでは、もう目と鼻の先だ。