■ たまには海の幸三昧なんてのもいいもんだ!
その昔、京都のとある料理屋さんで、プリプリのヒラメの刺身に始まって、とろけるようなブリや
なんともいえない歯ごたえと香りのホタルイカなど、日本海の海の幸を心ゆくまで味わったことがある。
それで、京都という土地柄、目玉が飛び出すようなお値段を請求されるのかと思ったら、
これがちょっとした居酒屋とトントンといったところで、ぼくは、思わず尋ねた。
「このネタはどこから仕入れてるの?」。そしたら、女将は、
そんなことも知らないでよくこの店に来たもんだといった呆れた表情を浮かべつつ、
「そりゃ、氷見に決まっていますがな」とあっさりと言った。
それ以来、ぼくの頭から「氷見」という言葉が離れなくなってしまった...と言ったら大げさだが、
でも、氷見という地名がはっきり記憶されるほど、その食体験は鮮烈だったのである。
今回、なんと都合のいいことに? ぼくが主催しているアウトドア関係のメーリングリストの会員に
富山のお医者さんがいらして、氷見のことも詳しいので、
能登の取材はメーリングリストのオフ会を兼ねて、氷見の宿から始めることにしたのである。
■ 富山湾の海音を聞きながら
北陸道方面からのアプローチだと、砺波ICを降りて、R156を高岡へ。
さらにその先はR160を進めば簡単なのだが、ここまで来て山間の道を行くのも味気ないので、
高岡市内をそのまま突っ切り、波穏やかな富山湾の岸辺に出て北上する。
JR氷見線と並行しながらしばらく行くと、こじんまりした氷見市外が左に見え、
右手には氷見港が見える。その氷見港に隣接して、道の駅「氷見・海鮮館」(中部99F5)がある。
すでに時刻が遅かったので、あらかたの魚は売り切れてしまっていたが、
午前中なら、陸揚げされたばかりの魚が所狭しと並んでいるはずだ。
この近辺にはキャンプ場も多いので、ここで新鮮な魚貝を仕入れて、夜はバーベキューなんていうのもいいだろう。
そのまま道を北上すると、R160にぶつかる。そのまま10kmあまりで、
目指す宿「潮の美」(中部99G3)に到着した。ここは、富山湾に面して建ち、客室の窓の下はもう海。
今日は霞みがかかっていて対岸の富山市街がかすかに見えるだけだが、これで天気が良ければ、
立山から剣の俊峰が海の向こうに立ちはだかって、さぞ壮観だろう。
その夜は、富山湾の海音を聞きながら、静かに杯を傾け...るつもりだったのだが、
豪華船盛りを前に、「これぞ氷見じゃあ!」と、賀○利さんのように盛り上がっていったのでありました。
■ 快適なシーサイドラインを辿る
宿を後にして、R160を北上する。この道は別名「能登立山シーサイドライン」文字通り、
富山湾を挟んで向こう側に立山連峰が見え続けているはずなのだが、やはり、
その眺望がきくのは、秋から冬の空気が澄んでいる時期のようだ。
途中、県道246と分かれる手前で、新しくできた道の駅「いおり」(中部101H6)がある。
海水浴場が目の前で、時間があったらひと泳ぎしたいところだ。
すぐにR160は左に折れて内陸に向かうが、ぼくはそのまま真っ直ぐ進む。
国道から分かれて横道に入ると、とたんに交通量が少なくなって、
通り過ぎる町並みや集落もひっそりしてくる。なんだか、そんなところにこそ、奥能登らしい風情を感じる。
途中、いかにもひなびた温泉をみつけ、朝風呂としゃれこむ。
なんでもない山里のこれといった特徴のないシンプルな温泉宿。
湯船にはぼく一人だけ...こんな贅沢な時間を過ごしていて、いいのだろうかと、
東京での忙しい毎日を思い出して、ほんの少しだけ不安になる。
この普通の農家のような湯川温泉(中部101G4)は、このあたりで唯一の自噴温泉なのだそうだ。
岬の突端まで行ってから引き返し、再びR160に戻る。七尾も氷見に劣らない良港で、
ここにも新鮮な海の幸が味わえる市場「フィッシャーマンズワーフ」(中部101F5)がある。
■ 能登島から恋路海岸へ
七尾からいったん能登島へ渡る。かつては船以外に渡る手段のなかったこの島も、
「能登島大橋」と「ツインブリッジのと」、二つの橋で半島と結ばれて、手軽に渡れるようになった。
でも、どこか島らしい雰囲気を残していて、時間の進み方が遅いような感じだ。
能登島大橋を渡り、島をぐるりと一周して、ツインブリッジのとを渡って、再び半島へ。
R249を北上する。このあたりの海岸は、大小の入り江が続いたかと思うと、今度は長い海岸線が現れ、
景色の変化だけでも十分に楽しませてくれる。
途中、能登町の宇出津の港(中部103B4)に美味しいものを食べさせてくれる民宿兼食堂が
何軒かあると聞いたので立ち寄ってみるが、昼どきを少し過ぎてしまっていたため、
どこも暖簾を下げてしまっていた。こういうとき、都会感覚で「午後2時くらいまではランチタイムだろう」
などと安心していると、飯抜き走りを強いられることになるので心しておかなければならない。
お日様の動きに合わせて暮らしていれば、昼はきっちり昼に食べるのが当たり前なのだ。
因みに、宇出津から県道35に入り3kmほど北に行ったところにある国民宿舎能登うしつ荘
(中部103C4)では、予約をしておけば宇出津港に揚がった海産を主体にした食事が食べられる。
また、そこからさらに5kmほど北の縄文真脇温泉(中部103D4)に隣接した
「縄文ポーレポーレ」でも食事が可能だ。ぼくは、その先まで足を伸ばし、
九十九湾の海底遊覧船桟橋に近い「食事処ふるさと」(中部103D3)で、さざえめし1500円也をいただいた。
九十九湾を後にして小さな半島を形作る丘を渡ると再びR249に合流する。
そして、すぐにロマンチックな名前の恋路海岸(中部103D1)に出る。
「恋路」という地名のいわれはわからないが、松を載せた岩と白砂、それに青い海のコントラストは、
ちょっと渋い中年カップル向けだなあ、などと変な感慨がわいてくる。
そう思うと、バンディッド1200に跨った40男が一人というのは、えらく寂しいものがある。
一人旅には似合わない? 恋路海岸をそそくさと後にして、見附島の見える海岸へと向かう。
見附島は、まるで軍艦が陸に向かって迫ってくるような形をしていて、通称「軍艦島」とも呼ばれる。
コマーシャルなどでもよく使われる風景なので、見覚えのある人も多いだろう。
見附島と向かい合うような形で、珠洲温泉・国民宿舎「能登路荘」(中部103D1)がある。
今日は、ここで泊まるつもりだったのだが、一風呂浴びると、元気が沸いてきて、
もっと先まで走ってみようという気になった。気分に合わせて予定を変える旅というのもいいもんだ。
■ 年に何度か、晴れた日に佐渡が見える
R249を途中で左に分け、能登半島の突端へと向かう県道に入ると、きゅうに空気が変わったように感じる。
それまでは、長閑さを楽しめるような風情だったのが、何か最果ての寂しさを感じさせるようなものに変わったのだ。
半島や岬の突端は、そんな共通した雰囲気を案外持っている。
珠洲の街で、古傷を手当てするためのバンドエイドを買ったら、薬局の主人が、
「東京からですか」と話しかけてきた。彼も若い頃に何年か東京で暮らしたことがあるのだそうだ。
「能登は長閑でいいですねえ」とぼくが言うと、「長閑どころか、寂しすぎますよ」とため息混じりに呟いた。
通りすがりの旅人の気ままな感覚と、そこで暮らす人の生活実感のギャップを感じさせられた。
夕暮れも迫り、いよいよ寂しさを増してきた道を能登の先端、禄剛崎(中部104F3)まで急ぐ。
駐車場にバイクを置いて、畑の中の急坂を岬まで登ると、すでに暮色が迫っていた。
鈍色の海は、今まで辿ってきた明るい海とは違って、日本海の厳しさを感じさせる。
晴れて空気が澄んでいれば、ここから佐渡が見えるそうだが、
今日は、うっすらと靄を漂わせた鈍色の大海原が茫漠と広がっているだけだ。
さあ、今日は、孤独を愛したヘンリー・デービッド・ソローのように、
ソリチュード(孤高)を楽しみながらキャンプすることにしよう。