| バイクと旅の原点とは
西暦2000年というミレニアムイヤーを目前に20世紀の百年というものを振り返ってみたときに、ぼくなんかが改めて思うのは、過去のどんな時代よりも、モータリゼーションというものが進化発展した時代なんじゃないかということだ。特に1960年代から今日にいたる30年くらいというのは、高度成長時代の幕開けにともなう高速道路の敷設など、インフラの整備と呼応して、クルマやバイクは50年代以前の、いわば前近代的なものから今日の超現代的なものへと至る流れにおいて、ちょうど転換期にあたるものとして、日々猛烈な勢いで進化してきた。そしてぼくたちはまさにその恩恵を直接授かってきた、ある意味何とも幸福な世代なのかもしれない。
なかでもバイクの進化に限っていえば、その発展は目を見張るほどで、今や市販車でさえストックのままで、オーバー300km/hを軽々とマークするところまできた。しかもそれを誰もが、せいぜい100万円も用意すれば手に入れることができるという。おそらく、こんな時代は、あとにも先にも、もう二度と現れることはないのではないか、とさえ思えるほどなのだ。
だが、そうした進化発展の過程で、バイクはそのすべての局面でひたすらインテグレイトされていくことを余儀なくされ、結果スポイルされてしまったものもまた少なくない。
それを端的にいうなら《バイクらしさ》みたいなもの。たとえば、かつてのバイクが鉄馬と呼ばれていた時代の、武骨で各部から鉄の感触が匂いたってくるような、タフでヘビーデューティーな面持ちとか、あるいはいっさいのカウリング類をもたない─当然といえば当然なのだけれど─ゆえのオープンエア感覚と、結果もたらされる自由感とか解放感みたいなもの。そして、そんなバイクでダートから舗装路まで道を選ぶことなく一台のバイクでガンガン走ることを楽しんでいた、ツーリングがまだ遠乗りなんて呼ばれていたころのワイルドな旅のスタイルは、どこか懐かしくはあっても、今見ても決して古くはないというか、むしろ、それこそがバイクと旅の原点=基本(エッセンス)だという意味では、いつの時代も色あせることはないとさえいってもいいかもしれない。
Wはどうだ
今年、2月にカワサキからリリースされたW650は、いささか乱暴に結論めいたことをいってしまうと、いわばそうしたバイクと旅の原点に回帰していくことを意図したうえで、エンジンや車体の作り込みは最新の技術で仕込まれた現代におけるネオエッセンシャルといっていいんじゃないだろうか。
まあ、多くの専門誌などでは、その外観と、バーチカルツインというエンジン形式から、かつてのダブワンやトライアンフなどをひきあいに出して、現代に蘇ったネオクラシックというような捉え方が大勢を占めているようだけれど、確かにそうした一面もないとはいえないけれど、ただ、ダブワンやトラ自体が、その本来の意味でクラシックというには、時代が新しすぎるというか、ともに60年代のマシンということでいえば、むしろイマのバイクにつながる現代モーターサイクルの進化の歴史における礎というか、原点的なところにこそ位置づけられるものだろう。
Wの良さは、ズバリそうしたバイクというものが持つ原点的本質的な味わいや感触を、カワサキが今日まで、数多くのハイパーマシン作りで培ってきた、いわば最高最良の技術でカタチにしたというところにこそあるんだろうと思う。やはりこれも多くの専門誌では、かつてのダブワンなどと比較して、エキゾーストノートが静かすぎるとか、ツインらしい鼓動感がないというような試乗記を見かけたが、確かに乗ってみると一見そうなのだが、でも、本当にそのことをしてそう思ったとしたら、それはジダイサクゴといわざるを得ない。
というより、これからのバイクは、たとえば、音や振動ということひとつとっても、必要以上のものはますます不快なものとしてオミットされていくべき流れにあることは否めない。という点でも、このWは極めて秀逸だと、ぼくは思う。
それほどエキゾーストも振動も、この新しいWでは、不快なものは完璧にといってもいいくらいのレベルで取り除かれ、きちんと調教することに成功している。それでいて、乗ってみると、心地よいエキゾーストもビート感も確かにある。早いハナシ、すべてがイマ風なのだ。決して一部の専門誌にあるような、非力で去勢されたテイストだけのバイクじゃないことだけは確かだ、とぼくは断言してもいい。
またイマ風ということでいえば、今回のテストでは真夏の炎天下を2日間殆ど走りっぱなしで、東京と南紀熊野を撮影をかねて1500kmを往復するという、空冷ユニットのWにとっては、とんでもなくハードなものになると、当初ぼくは予想していたのだが、とにかく、ホントにコレってクーレイなのとエンジンをのぞきこんでしまうほど、いわゆる熱ダレ的な徴候症状が、まったく感じられなかったことだ。
詳しいことはいずれカワサキの開発メンバーに会う予定があるので、ぜひともそのときに聞いてみたいと思っているのだけれど、おそらく潤滑系にも、たとえば長らく世界最速を誇ってきたZZ-Rをはじめとするカワサキの最新のテクノロジーが存分に注がれていることは想像に難くない。マルチエンジン至上主義の日本にあって、このツインのユニットは、前回紹介したヤマハの1600ロードスターのOHVユニットと並んで、やはりその存在が際立つものといっていいものだ。
ベーシックでプレーンな乗り味はクラシカルではあっても決してクラシックではない
乗ってみてまず感じるのは、低中速域での軽やかかつ適度にビート感の効いたフレキシブルな特性で、なかでもロングストロークと、大きなフライホイールマスによってもたらされる、息の長い加速とねばりは特筆もので、トップ5速のまま、1500rpmからでも余裕でスロットルを開けていける。高回転型のマルチエンジンなら、ローでようやくギアをつなごうかという回転域だから、その優位性は明らか。一般道では3000rpmも回していれば、必要かつ充分に速い。そして驚かされたのは、ただ低中速域の特性にとどまらず、そこから開けていくと、振動がジワーッと消えていくのと同時に、車速がぐんぐん伸び、その気になれば、フルスケール190km/hのメーターを振り切るまでの高速域での実力も兼ね備えているという点だろう。高速道路でも、4000rpmからせいぜい5000rpmで120km/hから140km/hでの巡航が充分可能。しかも、そこからさらに7000rpmまで回してやれば、なかなかに胸のすく加速感を残しながら、160km/hまでは瞬時に届くから、追い越しなどでもストレスを感じることは皆無だといえる。
つまり、現代の高速道路において、その流れをリードしていくこともできるという、一台の乗り物として見ても、まったく不足のない実力をも与えられているというわけだ。
総じていえば、プレーンでベーシック。確かにかつてのツインや、あるいはハーレーやBMWといった他のツインと比較すると、鼓舞するものは希薄だが、そのぶん、肩ヒジはらない軽みと爽快感がある。それでいて軟弱かというと、決してそんなことはない。エンジンに比較すると、車体はなるほどクラシカルな構成─たとえばフロント19インチ、リヤ18インチのホイールなど─も見受けられるが、でもクラシック(古い)というわけではなく、しっかりイマの技術が注がれている点はエンジン同様だ。
さりげなく、そしてワイルドに乗り倒す
今回は2日間で1500kmも走るという、かなりハードな使い方─いかにもツーリングマップル冥利につきる使い方なのだ─で、当然お約束のフル満載にフルテストという内容だったが、トータルではバイクのほうが根をあげるようなことはなかった。まあ,サスペンションについては、ちょっと貧弱に過ぎるかな、とも思ったけれど、見た目以上にタフな持ち味は、旅バイクとしての資質充分。あくまでもニッポンの道を旅するなら、バイクで走り移動することを楽しむということを含めても、また国内の道路事情に合致しているという点でも、ジャストフィット。結果、乗り手とりカンケイにおいても無理がなく、どこをどう走っても疲れない。ということは、もっと遠くへ、長く旅を続けられるということにもなる。
個人的には、磨き倒すことよりも、さりげなく、そしてワイルドに乗り倒してこそサマになる。そんな一台だと感じた。
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