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2001/11/01 寂しさを味わうツーリングがあってもいい?
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内田一成
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あの岬をまわりこんで、夕陽を拝むことにしよう
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■ 今の時期、ふらりとツーリングに出かけて、息を呑むような一瞬の景色に出くわすことがある。谷間の紅葉にスポットライトのような日の光が差し込む一瞬、黄昏に落ちる間際にふいに光が拡散して世界を黄金色に染める一瞬、スカイラインの向こうに夕陽が落ちた直後にまるで宇宙で銀河が弾けたかのように空が茜に染まる一瞬...ほんの一瞬しか見られないからこそ心に残る、そんな景色が晩秋にはある。儚い景色を心に刻んで、その余韻を味わう、それもまたツーリングというか旅の楽しみの一つだと思う。
■ 照りつける太陽にスカッと晴れ上がった空、遮るものなしに輝いている海や山、そんな景色を眺めて感じ入るのではなくて、体ごとその景色に飛び込んでいくのが、夏のツーリングだ。ポスターの中のビーチに飛び込んでしまうタバコのCMがあったけれど、まさにあれ。そんな夏のツーリングに比べると、秋のツーリングはしみじみとしていて、どこか寂しい風情がある。でも、寂しさは寂しさなりに味わってみるのもまたいいものだ。
■ 秋のツーリングは、あてもなく、一人でひっそりと出かけるのがいい。ハンドルを向けるのは、観光地ではなく、鄙びた山里がいい。そして、日が傾いてきたら、バイクを止めて、絹のように揺らめく秋の日差しを全身で感じ取りながら、あたりの景色の変化を見つめてみる。「刹那」という言葉があるけれど、まさに「刹那」と呼べる一瞬、景色が凝縮された輝きを放つ。その一瞬を目に焼き付けて、その余韻を味わってみる。
■ 一瞬の景色は、もうここにはないけれど、余韻を味わっているうちに、それは、深く心に焼き付けられる。「過ぎた夏を思い出す」というと、ため息が出るような寂しさがあるけれど、この寂しさは質が違う。それは、「錆び」に通じる寂しさのような気がする。

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身近な何でもない風景が一瞬輝いて見えるのも今の時期
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