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2002/01/24 一回休み
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内田一成
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なーんてやったら、このページのお目付け役のK原氏が、血相変えて、深夜だろうが、早朝だろうが、携帯鳴らすだろうなぁ..............................なーんて、不埒なことを考えている場合ではありませんな。こんな遊びをしていると、良識ある読者の方からキツイお叱りも受けそうなので、もう止めますm(__)m。
■ でもって、今回は、ちょっと普段と趣きを変えて、かつて某OートBイ誌で連載していた「ツーリングどんどん」の口調でいってみようと思う。
■ ひと頃、世間では、「ポジティヴシンキング」とか「前向きに考えればなんとかなる」なんて言われていた。俺も、フリーランサーというこの世のゴミのような境遇に甘んじて生きていくために、自分に向かって、必死で「前向きに行こう!」、「明日こそ、いいことがある!」と、いい聞かせて生きてきた。だけど、最近、それが間違い、諸悪の根源だと気がついた。
■ 「ポジティヴシンキング」の何がいけないかというと、それが結局、悲観的な考えを引き出してしまうということだ。「今回は、こんなふうにやってしまったからいけなかったんだな、よし、次は失敗しないように、あーんなふうにやってみよう」それならいい。だけど、人の思考というのは、そんなふうに切れのいいところでは終わらない。「...でも、待てよ、たとえばあーんなふうにやったとして、もしかしたら、あの人は、こーんなふうに取ってしまうかもしれない。すると、こんなふうにやったからああ怒ったわけでだから、もっとずっと遥かに腹をたててしまうかもしれない。そしたら、きっと俺は、それを取り繕おうとして、こんなことを言って、それがまた誤解を生むことになってしまうかもしれない...」なんて、前向きに考えようと思ったがために、あれこれもっとネガティヴなことを考えてしまうことになる。そんな調子で、頭の中で一人相撲をとっているうちにへとへとに...。前向きに考えるつもりが、気がついてみると後ろ向きに、というわけ。
■ 結局、人間なんて馬鹿な生き物なんだから、自分が馬鹿であることを自覚して、「俺は人間という馬鹿な動物で、知恵を使おうなんて思うから、ろくなことにならないんだから、知恵を使おうなんて考えるのは止めて、何も考えないことにしよう」と居直ればいいのだ。なーんにも考えない、判断しない、つーのは、ほんとに楽だ。そうやって、楽しているうちにほんとの馬鹿になって、ますますものを考えなくなる。すると、もっと生きるのが楽になる。そんでもって、そのうち、生きるのが楽すぎて馬鹿らしくなって、「なーんだ、なーんにも考えずに生きていくんなら、生きてなくてもおんなじじゃーん」なんて心境になる。心境というのは、考えることではなくて、心のそのままの有様だから、ここまできたら、ついに「考える」というデカルト以来の呪縛から逃れられることになる。これを仏教では「悟達」という。
■ なーんて、考え事をしながら(いつまで経っても、俺は悟りには至れんな...)、街を歩いていると、「おお! なんたることか!」、そこら中に、俺が理想としていた「何も考えずに悟りに至る道」を実践している高貴なお方たちが、うようよいるではないか! コンビニの前では、悟達者たちがコンクリートの地面に胡座をかいて車座になり、旨そうにタバコを回しのみしている。流行りのバイクに乗った悟達者たちは、なーんにも考えず、馬鹿みたいに交通ルールに従って渋滞している車線を尻目に、反対車線を爽快に飛ばしている。駅のホームでは、通勤ラッシュの人波の中で、一人、浮世のことなど気にせぬ悟達者が、陶酔の境地で紫煙をくゆらせている。YYギ公園は、悟達者たちのサンクチュアリだ......。
■ 考えすぎがいちばんいかんのだ...と、考えすぎている俺は、いつまで経っても、悟達者にはなれそうもねえな....回りの悟達者たちを見ていると、いつまでも馬鹿なことばかり考える葦でいるほうが、ましかもしれんとも思えるが...。
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「一回休み」といわず、十回くらい休んだほうがいいかもしれないと考える、今日この頃..................................................
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