ツーリングマップル
2002/06/20 夏至の結界
内田一成
明日、21日は「夏至」。一年のうちでもっとも昼の時間が長くなる日。陰陽の考え方では、「陽」の気がもっとも強くなる日。そして神道の考え方では、大日神=天照大神の力がもっとも強くなる日だ。

今、ぼくが取材に力を入れている「レイライン」でも、冬至、夏至、春分、秋分といった一年の節目にあたる日の太陽と聖地の配列が深い意味を持っている。その一例が、夏至の太陽が結ぶ伊勢=元伊勢ライン。三重県の伊勢には夫婦岩というご神体がある。夏至の明日は、その一対を成す岩のちょうど真中から日が登ってくる。そして、元伊勢のご神体である日室岳の頂上にその日が沈む。この夏至の太陽で結ばれる縁の深い二つの地点を結ぶと、その線は京都御所の北側を南東から北西に向かって横切っていく。

ぼくは、平安京を創建した桓武天皇は、このラインの存在を知っていて、平安京をいまの場所に置いたのではないかと思っている。風水的に四神相応とか、比叡山が鬼門封じになっているとか、よく言われることだが、じつは肝になっているのは、ある恐ろしいただひとりの怨霊で、それを封じ込めるための切り札ともいえる結界に伊勢=元伊勢ラインを利用したのではないかと推測している。

政争に明け暮れて荒廃した平城京を捨てて長岡京に遷都した桓武天皇。平安京にも匹敵する壮大な規模を誇り、風水の粋を凝らした長岡京も、なんと創建からわずか10年で捨ててしまう。そして、新たに平安京を創建する。

長岡京が捨てられた原因は、ひとりの人間の怨念だった。長岡京創建直後、桓武天皇は帝位を奪う可能性があった実弟の早良親王に謀反の疑いをかけて島流しにしてしまう。その島流しの途中、早良親王は怒りのあまり、兄に憎悪をたぎらせたまま憤死してしまう。

早良親王が亡くなった直後から、長岡京は、次々と変事に襲われる。桓武天皇の母親、正室、側室、そして側近たちが次々に変死していく。さらに、新都を飢饉や災害が次々に襲う。桓武天皇は発狂するほど、それを自分が死に追いやった弟の祟りを恐れ、創建から10年のこの都を捨てて、平安京を建設する。

桓武天皇は、風水や陰陽道に詳しい、というか「マニア」な人でもあり、平安京は自分がもっとも恐れる怨霊を封じ込め、徹底的に魔除けを施した構造にされた。

京都御所を基点にその真北にある貴船神社と北東にある比叡山を結ぶと、きれいな二等辺三角形ができあがる。その中にある「崇導神社」こそ、桓武天皇が恐れた早良親王が祭られている場所だ。それは霊を弔うというより、結界を張り巡らせて、魔を封じ込めたようにみえる。同時に、夏至の天照大神の力がもっとも強くなるラインが、あたかも万里の長城のように御所の鬼門方向を塞ぐ結界として利用されているのだ。

デジタルマップを使ってラインを引くと、まずトライアングルが非常に正確な形をしているのに驚かされる。そして、伊勢・元伊勢ライン(互いの内宮を結んだライン)が、貴船−比叡山のラインとぴったり並行なことがわかる。

そういった、「魔除け」や「結界」が本当に効果があるのかどうか....それを実地に検証しようと思っている。

21日は、伊勢で登る朝日を見届け、元伊勢で沈む夕陽を拝むつもりでいる。先週紹介したGARMINのVistaを片手に、伊勢=元伊勢ラインを辿る中で、何が発見できるのか...晴れてくれるといいのだけれど。

レイラインのことを詳しく知りたい人は、こちらへ
http://www.ley-line.net/

―GPSについては―
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http://www.ley-line.net/obtselect/index.html
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