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2002/11/28 仲間
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内田一成
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■ 「ほんとうに大切なものは、無くしてはじめて、その価値に気づく」....そんなことを嫌というほど味わってきているのに、せっかく身近にいながら、また一人、ほんとうの仲間といえる人を亡くしてしまった。
■ 気心の合う人というのは、付き合いの長さやしがらみとは関係なしに、互いになんとなくわかるものだ。彼は、そんな人だった。....詳しい話はここでは触れない。それが知りたい人は、ぼくの「OUTDOOR BASIC TECHNIC」サイトのコラムを読んでほしい。
■ 仲間や親しい人を亡くすと、ほんとに人生は不条理なものだと感じる。ふとつけたテレビの中で、瀬戸内寂聴さんが、「人生は、もともと不条理なものなんです。不条理に満ちているんです。だから、<私は何も悪いことはしていないのに....>とか、<私は、これほど尽くしているのに....>と、自分の行いに良い見返りを人生に期待しても始まりません。<....なのに>といった後ろ向きの考えは捨てて、真っ直ぐに生きなさい」と語っていた。
■ たしかに、生きるというのは不条理で、それを嘆いてみても仕方ないと思う。そして、<....なのに>と嘆いている人間にかぎって、自分が人に善意を施したつもりになっていて、じつは何もしていないことにまったく気づいていないし、それどころか人から善意を引き出すだけ引き出しておいて、まだ見返りが足りずに、<もっとくれ!>とほざくクズだ。
■ そんなクズが死んでも、べつに不条理だなんて感じない。そうではなくて、<....なのに>なんて一度も思わず、人をあてにしないで真っ直ぐ生きてきた人があっけなく逝ってしまうから「不条理」と感じるのだ。
■ なんだか、悔しくてたまらない。亡くなった人のことを後でご家族から聞き、「ああ、彼は同じ魂の種類の人だったんだな」とつくづく感じ、どうして、生前、彼とじっくり付き合わなかったのかと心の底から悔しい。
■ 彼とじっくり付き合えなかった分、これから、信頼の置ける仲間を大切にして、みんなで人生を楽しくしていきたいと思う。
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