ツーリングマップル
2003/01/30 72年に一度の祭り
内田一成
72年に一度、1150年間も絶えずに続けられてきた祭りがある。「金砂大田楽」は、茨城県の北部にある金砂郷町の西金砂郷神社と東金砂郷神社で、仁寿元年(851)に五穀豊穣、天下泰平、万民豊楽を祈願するために始まった。

500人あまりの平安装束そのままの行列が、西、東金砂郷神社を出発、内陸にある神社から日立市の水木浜を目指して進んでいく。往復6泊7日のこの行程中、途中の七箇所で、金砂田楽舞が披露される。

それにしても、昔ながらの形をそのままに、1150年間も続けられてきた祭りというのは、いったいどんなものなのだろう? なにしろ前回は72年前だから、それを記憶している人もほんとにわずかだろう。一生のうちで一度お目にかかれるかどうかというほんとに稀有な祭りなのだ。

今年、三月下旬に開催されるこの祭りは、ぜひとも自分の目で見届けるつもりだが、それに先立って、再来週には祭りを主宰する東西金砂郷神社と、行列の進む道、さらにこの周辺を巡ってみようと思っている。

じつは、BMWBIKES誌で連載している「日本レイラインツーリング」の次の取材先を考えながら気になるスポットを地図で辿っているうちに、「金砂大田楽」のルートと東西金砂郷神社に出くわしたというわけ。もちろん「金砂大田楽」のことは前から知っていて、それを取材することは決めていた。そこにまさかレイラインが絡んでくるなどとは考えてもみなかったので、びっくりしてしまった。

神社仏閣や古い遺跡、さらに昔から聖地とされてきたような場所は、近くにあるほかの「聖地」と奇妙な位置関係にあることが多い。それを一般的に「レイライン」というわけだけれど、現代人がその存在や意味にようやく気がつき始めた「レイライン」を昔の人たちはよく理解していて、意図的に「聖地」を配置したり、そのラインを使って儀式を行っていたらしい。

1150年も絶えずに続けられてきた「金砂大田楽」なら、真っ先にレイラインとの関係を考えてみるべきだった。なんだか、ぼんやりしていたぼくに、金砂郷の神様が業を煮やして教えてくれた感じだ。

その「金砂大田楽」とレイラインの関係のまず一つは、石川県松任市にある石の木塚というドルメン状の巨石遺構と茨城県日立市の大甕神社にある宿魂石を結ぶ北緯32度30分ライン。そして、北茨城市にある堅破山というこれまた謎の巨石遺構がある山との関係、さらに、その北、阿武隈山地から仙台のほうまで伸びる聖地を一直線に結ぶレイラインとも関係が深そうに見える。

旅でも、思索でも、あるテーマを追っていると、考えもしなかったことがどんどん結びついていったり、人の輪が広がっていったりすることがある。今回は、まさにその好例だ。

今から、どんな出会いが待ち受けているのか期待が膨らんでいる。ちょうど、北茨城のあたりはアンコウが旬の季節だしね....。
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