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2003/05/08 イルカの夢
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内田一成
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昔、この浜には、寄りイルカが集まり、自ら岸へ乗り上げたという
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■ 先週は、能登を取材でまわっていた。人に会ったり、山に登ったり、地元の図書館に篭って片っ端から資料を調べたり....いいわけするわけではないけれど、コラムを書いている余裕がなかった。今、ようやく記事をまとめ終わって、ほっとしたところだ。
■ それにしても、今回の能登は面白かった。
■ 生命科学者ライアル・ワトソンの著作の中に、南太平洋のとある島でイルカを呼び寄せるシャーマンの話がある。長い間、不漁で飢えていた島の人たちが、山奥に暮らすシャーマンを訪ねる。そして、島にイルカを呼び寄せてくれるように依頼する。
■ シャーマンは、小屋に篭って、何日も瞑想し、祈りを唱える。そして、ある日、ついに、沖からイルカの大群が岸へ向かって押し寄せてくる。島の人たちは、沖へ泳いで行き、イルカに抱きついて、岸へいざなう。そして、恍惚としているイルカの頭に、祈りとともに棍棒を振り下ろす。
■ これと同じようなことが、昔、能登のとある浜でもあった。それを調べに行っていた。能登の東海岸では、縄文時代の遺跡からイルカの骨が大量に出てきている。そこでは、イルカの魂を祭る儀式が行われていた。太古からずっとイルカ漁が盛んな土地だったが、その漁は、ワトソンが報告している南太平洋の話にそっくりだ。高倉彦神社というイルカを祭る神社があって、そこには、「初穂」といってその年、最初に獲れたイルカが奉納された。明治以降、「初穂」を奉納しなくなると、とたんにイルカは姿を見せなくなり、以後、イルカ漁の記憶も薄れていく。
■ イルカというと、今は、一緒に泳いで癒される「イルカセラピー」が盛んだったりするが、昔は、もっとずっと濃密な関係があった。イルカは、自分の身を人間に捧げるために海の彼方からやってきて、その命をありがたく戴く。イルカの魂は、人の魂にとりこまれて一体となる。だからこそ、イルカと交感できる。
■ 能登のイルカを呼び寄せるシャーマンは、瞑想して祈るのではなく、社に篭って数日過ごし、夢の中でイルカの国に行って、イルカたちを自分の村に招待したのだという。
■ 同じような話は、敦賀にも伝わっている。
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