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2003/06/12 巨石と巨樹
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内田一成
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とある山の頂上近くにある「太刀割石」。大昔は、神が降臨する場所として、みだりに人が近づけなかったという
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■ 先日、ずっと前から気になっていたとある場所に行ってきた。北関東にある地味な山だが、その頂上近くには、奇妙な形の巨石がたくさんある。直径7、8メートルの球形の岩が真っ二つに割れた「太刀割石」。カヌーのような形をした「舟石」や四つの辺が正確に東西南北を指し、南西から北東の向きに奇妙なミミズ腫れのような筋が入っている「軍配石」、二つの巨岩が恐ろしいほどの精度でぴったりともたれ合うように重なり、その下が空洞になっている「胎内岩」.....まだまだ、見るからに奇妙な巨石がたくさんある。
■ 自然にできたにしてはあまりにも人工めいたものが揃いすぎている。だけど、人工だとしても、誰が、いつ、何のために作ったのかわからない。しかも現代でも、巨石を自在に書こうするのは難しいのに、何千年か何万年か前の人が、どうやってそんな加工をしたのかは、これこそミステリーだ。
■ ミステリーといえば、この山は、闇夜に山全体がぼんやり発光したり、頂上から空に向かって光が伸びたり、光る玉が飛んでいるのが目撃されたり、まさにミステリーゾーンとして、地元の人には知られている。
■ 今回は、この山を軸にして、北東から南西方向に並ぶ「聖地」を辿ったのだけれど、どこもミステリアスな雰囲気を湛えている。その詳細は、次の「Back Off」誌に掲載される予定なので、興味のある人は、そちらでじっくり読んで欲しい。
■ ところで、この数年、ずっと聖地巡りをしてきて、「聖地」と呼ばれるような場所には巨石や巨樹が多いことを実感している。巨石と巨樹の共通性といったことが気になっていたのだが、今読んでいる『世界樹木神話』(八坂書房)という本に、ヒントとなるような記述があった。
■ 「石は、はるか昔、人類の始祖が、それを積み上げ、あるいはメッセージを刻んだ時から、そのまま変わらず永遠である。石が静的な生命のシンボルであるのに対して、樹木は生と死の循環に支配されてはいるが、永久に再生する驚くべき能力を授けられており、動的な生命の象徴である」
■ ぼくは、「聖地」は、太古の記憶を留めて、ずっと伝えつづけている場所だと感じている。巨石は、その永遠性の中に太古の土地の記憶を閉じ込め、巨樹は自分が再生することで、その記憶を留める。巨石や巨樹に秘められた土地の記憶というのは、いったいどんなものだろう....。
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