ツーリングマップル
2003/07/24 近畿の五芒星
内田一成

紀伊半島を中心に描かれる五芒星。驚くほど正確で、聖地や古代の都市計画の意味が読み解ける
今年は「正しい梅雨」だなんて、前に書いたけれど、今年も長梅雨で低温の異常気象になってしまった。九州をはじめあちこちが水害に見舞われているし、農作物にも低温の被害が出始めているという。

異常気象の爪跡は痛ましい。これからツーリングマップルの本格的な取材に出かけるわけだけれど、毎年、崩落して進めない道があったり、植林された山がごっそりと立ち枯れていたり、農作物が不良で畑に捨てっぱなしにされていたりするのを見ると、旅をすること自体が苦痛にすら感じられる。

20数年前、日本一周したときは、自然も、各地で暮らす人たちの民俗・文化も、今よりずっと多様で、健康的だったような気がする....もっとも、公害問題が深刻で信じがたい環境破壊に出くわすこともあったけれど、それは、ある部分に集約されていた。

藤原かんいちさんが、このコーナーで巨樹の話題を書かれているが、ぼくも、全国各地で巨樹と出会っている。ぼくはレイラインハンティングで、ストーンサークルやドルメン、メンヒルなどの巨石や神社を訪ね歩いているわけだが、面白いことに、巨石の近くには巨樹があることが多い。

昔の人たちは、自然と対話する能力を持っていた。それは、「自然の中にいると気持ちがいい」といったあやふやなものではなくて、本当の意味での対話だ。大地や宇宙が発する声をしっかりと聴き、それに合わせて自分たちの生活のリズムを作る。大地が発する「気」をはっきりと嗅ぎ分けて、特別な「気」を持つ場所には、巨石というランドマークを置いて、「気」が途切れないように大切にした。

巨石は、昔の人たちが「特別な場所」であることをわかりやすくするために置いたものなのだ。そこには、大地の「気」が漲っているから、生命はその力を受けて逞しく横溢する。巨樹は、それをはっきり証明している。ちなみに、神社もその御神体は、巨石や岩山であるケースがとても多く、境内には、必ず「御神木」として巨樹が祭られている。

巨石と巨樹の関係について、そんなことを思っていたら、最近読んだ「世界樹木神話」(ジャック・ブロス著 八坂書房)に、こんな一節が出てきた。「石は、はるか昔の人類の始祖がそれを積み上げ、あるいはそこにメッセージを刻んだときから、そのまま変わらず永遠である。石が静的な生命のシンボルであるのに対して、樹木は生と死の循環に左右されてはいるが、永久に再生する驚くべき能力を授けられており、動的な生命の象徴である」。

だけど、最近、旅をしていると、永遠であるはずの巨石が崩れ落ちて風化し、数百年も生きてきた巨樹が枯れかかったり、落雷で倒れたりしているのに出くわすようになってきた。それは、人間が地球を痛めつけてきたことの結果であり、地球の悲痛な叫びではないだろうか。

昔の人たちが聖別して、大切にしてきた場所が元気を失ってしまうと、いったいこの地球はどうなってしまうのだろう....。

来週、近畿地方に描かれた巨大な五芒星を訪ねてくる予定だ。五芒星とは、陰陽師安倍晴明がシンボルにした最強の魔除け。陰陽道や風水、それから西洋の占星術やカバラでも、魔除けとされている。陰陽五行に結び付けられたり、生命の循環を説明するものであったりと、いろいろ理屈はあるのだけれど、簡単に言えば一筆書きの星を大地に描くことによって、そこにいつでも「気」が循環して、内側に魔を入れなくしようというものだ。

じつは、この近畿の五芒星の中心には平城京があり、明日香や平安京も、五芒星の中の特別な場所に位置している。今回は、この五芒星を形作る五つの神社を巡る予定だ。

たぶん、またたくさんの巨石と巨樹に出会うことになると思う。そして、それぞれの場所から湧き上がる大地の「気」も感じられるだろう。

最近、自分が聖地を巡る旅をしているのは、昔の人たちがあたりまえにできた大地との対話を自分もできるようになるためのひとつの「修行」をしているということなのではないかと思いはじめている。

★近畿の五芒星についての詳細はこちら↓
http://www.ley-line.net/motoise/motoise_08.html

「世界樹木神話」(ジャック・ブロス著 八坂書房)。大部な本だけれど、巨樹に興味のある人には絶対お薦めの一冊
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