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広島城下町のメインストリート立町はタテ町?ヨコ町もあった? 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年4月2日

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広島城下町のメインストリート立町はタテ町?ヨコ町もあった?

広島市中区立町は、江戸時代から現在まで残る町名です。
これは、「タテの町」という意味。
1965(昭和40)年までは「ヨコの町」を意味する「横町」もありました。

城下町の整備の仕方

城下町を整備する際はまず、碁盤目状に道をつくります。これは古代中国から伝わった町づくりの基本で、日本でもよく用いられる手法です。

道が完成したら、メイン通りをタテの通りにするか、ヨコの通りにするかを決めます。

城の大手門に続く道(大手筋)をタテ方向とし、それを基準に町づくりが行われ、家屋が配置された城下を「タテ町型」、大手筋に直交するヨコ方向の道を基準とした場合を「ヨコ町型」と言います。ヨコ町型の場合多くは城下町を通る街道が基準とされました。

広島城下町「立町」の名前の由来

毛利輝元は、広島城下を「タテ町型城下町」として整備しました。城下を流れる川の流れ(タテのライン)を有効活用するには、こちらの方が都合がよかったのでしょう。

基準とされたのは、広島城の大手門から南に向かって真っすぐのびる大手筋です。このタテ方向の道を基準にして設けられた各町のことを、広島城下ではタテ町と総称していました。

それがそのまま町の名前になったのが堅町(現在の立町)です。堅町の基準となった道は広島城の立町御門に続いており、城下では重要度の高い道だったと推察されます。

広島城下町にあった西横町と東横町

西国街道(京都から下関に至る道)は元々城下を北に迂回する形で通っていましたが、福島氏の時代には、西国街道が城下に引き込まれて整備され、小売りや職人などの店舗が増加しました。

広島城下町に街道が引き込まれた時に町割が一部ヨコ町型に変化したため、広島城下町は「タテ町型」と「ヨコ町型」が混在する町となりました。タテ町同様、ヨコ町も横方向の道を基準とした町の総称で、これが町名になったのが「西横町」と「東横町」です。

どちらも西国街道沿いにあり現在の本通商店街に位置していましたが、1965(昭和40)年の住居表示制度の変更により町名が消失。「竪町」が「立町」 として残り、今に至っています。

現在の西国街道と大手筋

現在の西国街道と大手筋

1 西国街道と大手筋の交差点
紙屋町2丁目の交差点は、西国街道と大手筋が交差する交通の要所でした。

2 広島平和記念公園内
元安橋から本川橋にかけての道が、当時の西国街道です。

3 西横町と東横町
大手町1丁目付近に西横町と東横町がありました。

4 大手筋
広島城築城当時のメインストリートだった大手筋(現在の大手町通り)。

広島城下町一の繁華街だった中島本町

西国街道筋と大手筋に加えて、重要視されたのが川筋です。江戸時代の物流は水上輸送がメインだったため、大量に物資が運ばれてくる川筋には大店や問屋が多く見られました。

本川と元安川に挟まれていた中島本町(現在の平和記念公園内)は、町内を西国街道が貫いていたこともあり、広島城下町一の繁華街としてにぎわいました。

消えてしまった町の名前

広島市中区住吉町にある住吉神社は、江戸時代から現在まで同じ場所に鎮座しています。当時は住吉神社の東側に入り江があり、藩の「舟入」がありました。

舟入とは、藩船や藩主の御座船などを繋留する「広島藩専用ドック」のこと。これらの船を漕ぐ広島藩お抱えの船頭と水主(船員)が住んでいたのが、水主町です。現在は「加古町」と表記が変わっていますが、江戸時代から残る町名の一つです。

町名の中には、屋号がベースになっているものもあります。現在も残る猫屋町竹屋町は、屋号に由来するものです。

本通商店街東端には、かつて平田屋町という町がありました。これは、広島城下町の町割に協力した平田屋惣右衛門にちなんでつけられた町名です。

江戸時代に成立した鍛冶屋町(かじやちょう)・革屋町(かわやちょう)・木挽町(こびきちょう)・材木町(ざいもくちょう)・雑魚場町(ざこばちょう)・研屋町(とぎやちょう)といった職業を表す町名は戦後しばらくは残っていましたが、そのほとんどが昭和40年代に姿を消しました。

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