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長崎市の地形は江戸時代から埋め立て都市だった? 坂の町だからこそ生まれた都市形成!

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年4月13日

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長崎市の地形は江戸時代から埋め立て都市だった? 坂の町だからこそ生まれた都市形成!

長崎市は長崎半島と西彼杵(にしそのぎ)半島の接合部の小規模な沖積平野にあります。
背後には山地や丘陵が迫り、都市拡大のため絶えず埋め立てが行われてきました。

長崎市の地形は埋め立てによって拡大を続けた

海外との交易で発達してきた長崎市は、平地が少なく海域を埋め立てることで都市の拡大を図ってきました。それは江戸時代に始まり、出島新地蔵などが挙げられます。

幕末、長崎港は函館、横浜、神戸とともに外国貿易の窓口として開港。これを機に長崎では湾状の大浦海岸を埋め立てて東山手と南山手を造成し、一帯を外国人居留地としました

外国人居留地では西欧の近代的な技術を導入した街づくりが行われ、洋風建築とともに、道路舗装、下水、街灯などが整備されました。近代的な異国情緒にあふれた長崎の街並みはこうしてできたのです。

長崎市の地形を変貌させた近代都市の建設

そして、明治から大正にかけての3次にわたる港湾改修事業により現在の長崎港の原型が造られました。

第1次港湾改修事業は明治17(1884)年から、中島川の砂防、変流、浚渫(しゅんせつ)(川底をさらって土砂などを取り除くこと)の工事が行われました。

この時代、中島川の土砂堆積が多いことから湾内に干潟があらわれ、長崎港は港の機能を損なっていました。そこで、出島に流れていた中島川の流れを変え、出島堤を築造し、港内部の浚渫を実施。これにより、中島川は出島の背後を流れるようになり、流出土砂は湾内の不要部に放流できるようになりました

この中島川の変流により、出島の景観は大きく変化。出島の変流とともに新しい橋が架けられたほか、明治19(1886)年には下水道工事が実施され、居留地から始まった近代都市の建設は長崎を大きく変貌させました。

長崎港周辺

長崎港周辺
国土地理院色別標高図を元に作成

長崎港は狭い湾の三方を山に囲まれ、平地が少ないところです。スリバチ状の地形で中心部以外は坂が多く、傾斜を利用して発展してきました。

長崎市の地形は長崎港の埋め立てによって現在の形に近づく

明治30(1897)年から7年間にわたる第2次港湾改修事業では、長崎港の土砂堆積の改良と鉄道開通にともなう工事が行われました。同年に九州鉄道の長崎駅(現・浦上駅)と長与駅間が開通しましたが、長崎市内まで鉄道を延長して大黒町(現在の長崎駅周辺)に駅を設置するために、長崎港の埋め立てが急務となりました。

軟弱な地盤のために工事は難航しましたが、湾奥部、市街地付近、出島前面の景観は一変し、出島は陸続きとなりました。

この第2次事業による埋め立てにより、ほぼ現在の長崎の地形の骨格ができ、その後市域は北部に拡大しました。

長崎市は地形を埋め立てによって変えることで工業都市へ発展

大正年間に行われた第3次港湾改修事業では港湾の埋め立て、岸壁の築造が行われ、8000t級の船2隻または3隻が同時に接岸できるようになります。

第3次事業で近代的な港湾施設が整備されたのち、第二次大戦まで長崎港に大きな変化はありませんでしたが、貿易都市、工業都市として発展した長崎の大正9(1920)年の人口は17.6万人に増加。六大都市に次ぐ全国7位となっていました。

長崎港の変遷

長崎経済同友会の資料を元に作成


第1次港湾改修事業を終えた明治25(1892)年頃。中島川変流工事により川を出島の背後に流しました。

長崎経済同友会の資料を元に作成


第2次、第3次改修事業を終えた昭和初期の長崎港。明治38(1905)年に長崎駅が開業しました。

長崎経済同友会の資料を元に作成


現在の長崎港。県庁が移転し、新しい埋め立て地の長崎水辺の森公園には長崎県美術館などができました。

ナガサキ・アーバン・ルネッサンス2001構想

戦後の再開発でもっとも規模の大きい事業は、昭和61(1986)年から始まった「ナガサキ・アーバン・ルネッサンス2001構想」です。この事業は長崎県と長崎市が一帯となったもので、交通インフラ、都市開発、文化・観光に分かれて長崎都心・臨海地帯の再開発が行われました。

この結果、長崎水辺の森公園長崎出島ワーフなどが誕生し、長崎港周辺はより市民に親しまれるエリアとなりました。

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・地殻変動と火山が生んだ唯一無二の景観! 海に囲まれ平地が少ない長崎の地形
・島の数971! 長崎は日本一の多島県
・火山活動が作ったダイナミックな地形! 島原半島ジオパークとは?
・長崎は江戸時代から埋立都市だった?
・「国境の島」対馬の特殊な生態系
・水中調査で解明! 横島沈没の謎
・国内初のティラノサウルス発掘! 長崎は白亜紀の化石の宝庫だった
・世界でも稀な西海市の七ツ釜鍾乳洞
・最先端をゆく五島の洋上風力発電

…など

Part.2 長崎に開かれた多彩な交通網

・初期の長崎本線は早岐経由だった
・新幹線開業に向け再開発中! 長崎駅の今昔
・新旧の車両が行き交う長崎電気軌道
・小島が国際空港に! 長崎空港は世界初の海上空港
・長崎が生んだ画期的な交通手段! 坂を上る日本初のエレベーターとは!?
・東洋一と称された西海橋の誕生
・進化を遂げた長崎街道の日見峠
・松浦鉄道には3つの日本一がある!?
・当時の面影が残る雲仙鉄道の廃線跡
・島原鉄道は奇跡のローカル線!?
・吉田初三郎が描いた 長崎の鳥瞰図

Part.3 長崎で動いた歴史の瞬間

・東アジアの一大交流拠点だった! 原の辻遺跡が語る古代の交易
・“神風”の謎が海底遺跡調査で判明!? 鷹島神崎遺跡から見る蒙古襲来
・ポルトガルが平戸で貿易を始めたワケ
・なぜ長崎は教会領になったのか
・町民が主役!? 特例だらけの貿易都市長崎の誕生
・ラクダを飼っていた!? オランダ人の出島生活の実態とは
・龍馬を襲った「いろは丸事件」の真実
・倒幕の裏には大村藩士の活躍があった
・人口約4000人の村が一変!? 寒村だった佐世保が大変貌したワケ

…など

Part.4 長崎で生まれた産業や文化

・印刷も写真も通信も長崎発祥!? 長崎は“日本初”を量産していた!
・世界遺産に登録された日本造船業の原点! 三菱長崎造船所のあゆみ
・細部まで技巧を凝らした圧巻の建築美! 数々の教会堂を手がけた鉄川与助とは
・テーマパークの枠に留まらない魅力に迫る! 進化するエコシティ ハウステンボス

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