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高島炭坑から始まった近代石炭産業~グラバーが日本にもたらした最新技術~ 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日: 2024年1月26日

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高島炭坑から始まった近代石炭産業~グラバーが日本にもたらした最新技術~

長崎港沖合に浮かぶ高島は、日本における石炭産業の礎。
トーマス・グラバーが導入した洋式採炭法は、その後全国に波及し、炭鉱生産力の向上に大きく貢献しました。

高島炭坑は最先端の西洋技術を導入

嘉永6(1853)年のペリー率いる黒船来航、翌年の開国は、日本にとって空前絶後の大事件でした。200年以上の鎖国政策によって産業、軍事、学問、社会生活など、あらゆる分野で西洋諸国に大きく水をあけられ、また独立国としての地位を守るためにも、早急な近代化が最重要課題となります。

そうした状況のなか、西欧との貿易港だった長崎は、日本の近代化においても重要な役割を担いました。なかでも、当時最先端の西洋技術を導入し、確立した洋式採炭法を筑豊や北海道など全国に広めた高島炭坑の功績は大きいものでした

高島炭坑が開国で注目を浴びた理由

長崎港の南西約14.5㎞の沖合に浮かぶ高島は、元禄8(1695)年に平戸藩の領民・五平太(ごへいだ)が偶然石炭を発見したことをきっかけに採掘がはじまった炭鉱の島。以来、つるはしを使って細々と採掘していましたが、開国後、外国の蒸気船が長崎港に寄港するようになると、燃料となる石炭の需要が高まり、注目を浴びることとなりました。

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※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。

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