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高島炭坑から始まった近代石炭産業~グラバーが日本にもたらした最新技術~ 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年4月21日

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高島炭坑から始まった近代石炭産業~グラバーが日本にもたらした最新技術~

長崎港沖合に浮かぶ高島は、日本における石炭産業の礎。
トーマス・グラバーが導入した洋式採炭法は、その後全国に波及し、炭鉱生産力の向上に大きく貢献しました。

高島炭坑は最先端の西洋技術を導入

嘉永6(1853)年のペリー率いる黒船来航、翌年の開国は、日本にとって空前絶後の大事件でした。200年以上の鎖国政策によって産業、軍事、学問、社会生活など、あらゆる分野で西洋諸国に大きく水をあけられ、また独立国としての地位を守るためにも、早急な近代化が最重要課題となります。

そうした状況のなか、西欧との貿易港だった長崎は、日本の近代化においても重要な役割を担いました。なかでも、当時最先端の西洋技術を導入し、確立した洋式採炭法を筑豊や北海道など全国に広めた高島炭坑の功績は大きいものでした

高島炭坑が開国で注目を浴びた理由

長崎港の南西約14.5㎞の沖合に浮かぶ高島は、元禄8(1695)年に平戸藩の領民・五平太(ごへいだ)が偶然石炭を発見したことをきっかけに採掘がはじまった炭鉱の島。以来、つるはしを使って細々と採掘していましたが、開国後、外国の蒸気船が長崎港に寄港するようになると、燃料となる石炭の需要が高まり、注目を浴びることとなりました。

高島炭坑はグラバーの導入した洋式採炭法で生まれ変わった!

スコットランド出身の商人、トーマス・グラバーは、明治元(1868)年に島の所有者だった佐賀藩とタッグを組んで、炭鉱の共同経営をスタート。翌年には英国人技師・モーリスを呼び寄せ、日本初の洋式竪坑(たてこう)を開坑しました。この竪坑が、2015年に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成遺産として世界遺産に登録された「北渓井坑(ほっけいせいこう)跡」です。

竪坑に蒸気を動力にした巻揚機や蒸気ポンプを導入し、海底炭田で採掘した石炭の運搬や地中から湧き出る水の排水に使い、作業効率を劇的に向上させました。1日300tの出炭を記録したとされます。

高島炭坑の経営悪化

近代炭鉱として生まれ変わった高島炭坑ですが、グラバー商会の倒産により、明治7(1874)年に経営はいったん官営化。その後、後藤象二郎が払い下げを受けるも、島にもうひとつあった南洋井坑のガス爆発、海水の浸水による北渓井坑の廃坑、坑夫の暴動など悲運が続き、経営は暗礁に乗り上げました。

高島炭坑を救った岩崎彌太郎

その窮地を救ったのが、三菱の創始者である岩崎彌太郎でした。明治14(1881)年に高島炭坑を買収すると、さらに資本を投じ、明治20年代には三菱最大の事業として発展させました。ここでの収益を元手に、鉱業、造船を中心とした三菱の基盤を盤石なものにしたことから、高島は「三菱発祥の地」ともいわれます。

昭和30~40年代に最盛期を迎え、127万tを出炭しましたが、石炭から石油へのエネルギー転換や国の石炭政策の変更により、昭和61(1986)年、その役目を終え閉山しました。

高島炭坑(北渓井坑跡)

住所
長崎県長崎市高島町99-1
交通
高島港から長崎市コミュニティバス高島線で12分、本町下車すぐ
料金
情報なし

近代化の先駆けとなった炭鉱の島「端島炭坑(軍艦島)」

高島の南隣、端島(はしま)で本格的な採掘事業が開始したのは、明治23(1890)年、三菱が島をまるごと買収してからのこと。高島炭坑の技術、ノウハウをそのまま引き継いで開坑した端島炭坑は、製鉄用原料となる優良炭が豊富な海底炭鉱として発展しました。

出炭量が増えるたびに人口は増え、坑内から出たボタ(捨て石)で周囲をどんどん埋め立て、最終的に南北約480m、東西約160mにまで拡張しました。

「軍艦島」の名は、コンクリートで塗り固めた島影が長崎造船所で造られた軍艦土佐に似ていたことに由来します。

近代化の先駆けとなった炭鉱の島「端島炭坑(軍艦島)」

日本初の鉄筋コンクリート造アパートのほか、学校、病院、娯楽施設などを完備。生活のすべてを島内で賄うことができました。

近代化の先駆けとなった炭鉱の島「端島炭坑(軍艦島)」

昭和35(1960)年の最盛期の人口は5000人以上、人口密度は東京の約9倍だったといいます。「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成遺産。

長崎に残るおもな炭坑跡

長崎に残るおもな炭坑跡

高島、中ノ島、端島の炭坑跡は国指定史跡。西彼杵半島西部沖の池島炭坑跡は、国内で唯一、石炭炭鉱の坑内が常時見学できる観光施設となっています。

端島炭坑(軍艦島)

住所
長崎県長崎市高島町
交通
JR長崎駅から徒歩15分の長崎港から各社軍艦島上陸ツアー船(予約制)で40分ほか、軍艦島下船すぐ
料金
長崎市施設使用料=300円/(軍艦島上陸ツアー料金は別途、ツアーにより異なる)

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・島の数971! 長崎は日本一の多島県
・火山活動が作ったダイナミックな地形! 島原半島ジオパークとは?
・長崎は江戸時代から埋立都市だった?
・「国境の島」対馬の特殊な生態系
・水中調査で解明! 横島沈没の謎
・国内初のティラノサウルス発掘! 長崎は白亜紀の化石の宝庫だった
・世界でも稀な西海市の七ツ釜鍾乳洞
・最先端をゆく五島の洋上風力発電

…など

Part.2 長崎に開かれた多彩な交通網

・初期の長崎本線は早岐経由だった
・新幹線開業に向け再開発中! 長崎駅の今昔
・新旧の車両が行き交う長崎電気軌道
・小島が国際空港に! 長崎空港は世界初の海上空港
・長崎が生んだ画期的な交通手段! 坂を上る日本初のエレベーターとは!?
・東洋一と称された西海橋の誕生
・進化を遂げた長崎街道の日見峠
・松浦鉄道には3つの日本一がある!?
・当時の面影が残る雲仙鉄道の廃線跡
・島原鉄道は奇跡のローカル線!?
・吉田初三郎が描いた 長崎の鳥瞰図

Part.3 長崎で動いた歴史の瞬間

・東アジアの一大交流拠点だった! 原の辻遺跡が語る古代の交易
・“神風”の謎が海底遺跡調査で判明!? 鷹島神崎遺跡から見る蒙古襲来
・ポルトガルが平戸で貿易を始めたワケ
・なぜ長崎は教会領になったのか
・町民が主役!? 特例だらけの貿易都市長崎の誕生
・ラクダを飼っていた!? オランダ人の出島生活の実態とは
・龍馬を襲った「いろは丸事件」の真実
・倒幕の裏には大村藩士の活躍があった
・人口約4000人の村が一変!? 寒村だった佐世保が大変貌したワケ

…など

Part.4 長崎で生まれた産業や文化

・印刷も写真も通信も長崎発祥!? 長崎は“日本初”を量産していた!
・世界遺産に登録された日本造船業の原点! 三菱長崎造船所のあゆみ
・細部まで技巧を凝らした圧巻の建築美! 数々の教会堂を手がけた鉄川与助とは
・テーマパークの枠に留まらない魅力に迫る! 進化するエコシティ ハウステンボス

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