フリーワード検索

ジャンルから探す

トップ > カルチャー >  関東 > 栃木県 >

栃木河岸によって江戸と交易舟運で“ 蔵の街 ”として栄えた栃木市 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年5月12日

この記事をシェアしよう!

栃木河岸によって江戸と交易舟運で“ 蔵の街 ”として栄えた栃木市

“蔵の街”として観光客の人気を集める栃木市は、江戸の昔、巴波川から渡良瀬川を経由し江戸に至る舟運の街として栄え、商都となり多くの人々が行き交いました。

蔵の街として栄えた茨木市

内燃機関(ないねんきかん)が発明される以前の時代、大量の物資を効率的に運ぶことができるのは、河川や海を利用する舟運でした。現在、風情あふれる“蔵の街”として知られる栃木市は、江戸時代、舟運を担う商業の一大拠点として大いに栄えていました。

栃木河岸は江戸から物資を運ぶために造られた舟運の港

巴波(うずま)川は、栃木市の中心から4㎞ほど離れた湧水群に源を発し、下流で渡良瀬(わたらせ)川と合流、利根(とね)川から江戸川を経て江戸へと至ります。このため、江戸時代の初めに行われた日光東照宮の造営の際に江戸から物資を運ぶため、巴波川の最上流に位置する当時の栃木に、舟運の港である「河岸(かし)」が造られました。栃木の河岸は、上流から平柳(ひらやなぎ)河岸・ 片柳(かたやなぎ)河岸・栃木河岸の3か所あり、これらを総称して「栃木河岸」と呼びました。河岸には、倉庫や納屋、川舟を管理運営する河岸問屋、水夫や旅人が泊まる旅籠(はたご)などが設けられました。

かつての栃木河岸は、現在の栃木市の中心部。隣接して日光例幣使街道もあり、経済の中心として栄えました。

栃木河岸の発展に影響を与えた地理的要因

栃木河岸の発展には、その地理的要因が大きく影響していました。栃木は日光例幣使(れいへいし)街道の宿場町として日光や会津方面とつながるうえ、麻・木材・石灰などの産地や穀倉地帯が後背地に控えていました。つまり、大消費地である江戸へ向けた商品が集まりやすかったのです。そして、江戸からの文化や物資も栃木河岸で陸揚げされて各地に運ばれます。こうして栃木は、交易都市・商都として栄えていったのでした。

栃木河岸に蔵造りの建物が建設された理由

栃木河岸に周辺地域から、あるいは江戸方面から大量の物資が集まるようになると、当然、それらを保管する倉庫がたくさん必要になってきます。そこで次々と建設されたのが、巴波川沿いの蔵でした。

拡大する経済のなかで、豊かになった栃木の豪商たちは、競うようにして立派な蔵を建てるようになります。加えて蔵造りの流行には、江戸時代ならではの防災思想の影響もありました。幕末の頃、栃木はたびたび大きな火災に見舞われ、木造の蔵はそのたびに焼失します。一方、土で塗り固められた外壁を持つ蔵造りの建物は、火災に強く被害が少なかったのです。このため栃木河岸の商人たちは、蔵や家屋を再建する際、蔵造りの建物としたのです。

栃木河岸の繁栄は明治初年にピークを迎える

栃木河岸の繁栄がピークに達した明治初年には合計で10軒の河岸問屋があり、60俵(約3.6t)積みの船が50艘、350~450俵(21~27t)積みの船が14艘あったとされています。これらの船で、江戸方面からは干物や醬油、塩や雑貨などが、栃木河岸からは石炭や銅、米や生糸、瓦などが運ばれたといいます。

全長30㎞足らずの巴波川は、下流で渡良瀬川に合流し、さらに利根川、江戸川を経て、大消費地・江戸に至ります。

栃木河岸は歴史情緒漂う観光地に

しかし、明治となって物流の主力が鉄道に代わると、巴波川の舟運は急速に衰退していきます。その後、近代から現代へと時は流れ、舟運はすでに過去のものとなりました。しかし、巴波川沿いに建てられた蔵造りの建物の数々は、歴史と情緒を感じさせる、栃木を代表する観光資源となったのでした。

『栃木のトリセツ』好評発売中!

地形、交通、歴史、産業…あらゆる角度から栃木県を分析!
栃木県の地形や地質、歴史、文化、産業など多彩な特徴と魅力を、地図を読み解きながら紹介するマップエンターテインメント。栃木の知っているようで知られていない意外な素顔に迫ります。地図を片手に、思わず行って確かめてみたくなる情報満載!

Part.1 地図で読み解く栃木の大地

・雷が多い理由は地形にあり!
・奥日光は男体山がつくった?
・日本最大の渡良瀬遊水地ができた理由
・川を横切る川!? 不毛の扇状地を潤す那須疏水
・奈良の大仏に那須の金!? 栃木は地下資源の宝庫だった!
・F.L.ライトが山ごと買った大谷石の魅力
・葉脈から動物の体毛までくっきり! 古塩原湖に眠る太古の記憶
・栃木にゾウやサイがいた! 化石と野州石灰の産地・葛生

Part.2 栃木を走る充実の交通網

・県南を通る予定だった!? 東北本線の紆余曲折
・日本のマンチェスターを目指せ! 織物の街をつなぐ両毛線
・栃木随一の観光地をめぐるJR日光線と東武日光線の軌跡
・地域の産業を牽引した人車鉄道/郷愁誘う各地の廃線をたどる
・わたらせ渓谷鐵道の前身は足尾鉄道
・幾多の苦難を乗り越えた真岡線
・構想から25年を経て着工! 宇都宮~芳賀にLRTが走る
・要衝・下野国を貫く街道の変遷
・舟運で“蔵の街”となった栃木市

Part.3 栃木で動いた歴史の瞬間

・なぜ「那須」が付く市や町が多い?
・遺跡からたどる東山道と律令期の下野国
・平将門を討った豪傑・藤原秀郷とは何者か?
・足利氏には2つの流れがあった! 鎌倉幕府と下野御家人の関係
・名族宇都宮氏の栄枯盛衰
・ザビエルやフロイスも讃えた「坂東の大学」足利学校
・江戸幕府最大の聖地・日光東照宮創建
・廃藩置県、そして栃木県誕生!
・「一の宮」が2つ? 日光二荒山神社と宇都宮二荒山神社
・不毛の原野が酪農王国に! 那須野が原の大開拓

Part.4 栃木で生まれた産業や文化

・木綿、紬、絹織物、麻…栃木は織物の名産地
・益子焼が始まってまだ170年足らず? 益子が「陶器の里」になったわけ
・半世紀にわたって生産量日本一!! 栃木はなぜいちご王国になった?
・関東平野が工業誘致にぴったりだった? 宇都宮は新たなものづくり都市へ
・「それって栃木?」県名抜きで知名度の高い観光名所

『栃木のトリセツ』を購入するならこちら

まっぷるトラベルガイド編集部は、旅やおでかけが大好きな人間が集まっています。
皆様に旅やおでかけの楽しさ、その土地ならではの魅力をお伝えすることを目標に、スタッフ自らの体験や、旅のプロ・専門家への取材をもとにしたおすすめスポットや旅行プラン、旅行の予備知識など信頼できる情報を発信してまいります!

エリア

トップ > カルチャー >  関東 > 栃木県 >

この記事に関連するタグ