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廃藩置県によって栃木県が誕生!~小藩、天領、他国藩の飛地領を整理統合~ 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年5月13日

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廃藩置県によって栃木県が誕生!~小藩、天領、他国藩の飛地領を整理統合~

明治の改元から版籍奉還を経て、廃藩置県が実施されました。これにより下野国には大小多数の県が成立。それらを整理統合することで、現在に至る栃木県が誕生しました。

廃藩置県以前の栃木は旧佐賀藩出身者による支配が続く

戊辰(ぼしん)戦争の舞台が中央から日光・今市方面に移った頃、新政府は軍政機関である下総野鎮撫府(しもそうやちんぶふ)を下総古河(しもうさこが)に置き、下野(しもつけ)国の支配のために鎮撫府軍として佐賀藩の兵を大量に送りました。以後、明治初期の下野は、旧佐賀藩出身者による支配が続きます。

真岡代官所で起きた代官・山内源七郎襲撃事件

こうしたなか、8万5000石に及ぶ下野国内の幕府領を支配していた真岡(もおか)代官所で事件が起きます。鎮撫府軍の兵が真岡代官所を襲撃して代官・山内源七郎(やまのうちげんしちろう)を惨殺。代官所であった真岡陣屋を焼き払ったのです。山内代官はそれまで、勤王の志士弾圧を指揮したかと思えば、戦局がひっ迫してくると新政府軍側に与するなど、あいまいな態度が鎮撫府の不興を買っていたともいわれています。代官殺害後、佐賀藩士の鍋島道太郎(なべしまみちたろう)(のちに「幹」と改名)が仮代官となりました。

下野国における最初の県は「真岡県」?

新政府は「府藩県三治制」として、帰順した藩についてはそれまで通りの領国支配を許し、一方で旧幕府方から没収した土地には府・県を置きました。この制度に基づき真岡代官所の領地は新たに「真岡県」とされ、鍋島が知県事に任命されます。これが下野国における最初の県とされますが、実在を示す書類や県庁跡などはなく、実体としての「真岡県」はなかったとも指摘されています。

廃藩置県以前の栃木:「日光県」の誕生

そのうえで1869(明治2)年2月、「日光県」が誕生しました。真岡県に旧日光山領を加え、さらに旧旗本領なども合わせた日光県は、およそ26万石に及ぶ大規模な県となります。県庁は、当初は宇都宮城内に仮役所が設けられ、次いで支配地の中央に位置するということで日光街道の石橋宿にある開雲寺に移転。最終的には日光県の発足に合わせて、日光に県庁が置かれます。

廃藩置県が実施され、9つの県が新たに設置

その後、全国の藩が土地と領民を朝廷に返す版籍奉還が行われ、下野諸藩の領地は政府の管理下に置かれます。1871(明治4)年、ついに廃藩置県が実施され、江戸時代以来の藩制は終わりを告げました。これにより下野国には、日光県に加え、吹上県、黒羽(くろばね)県、茂木(もてぎ)県、壬生(みぶ)県、佐野県、足利(あしかが)県、大田原(おおたわら)県、烏山(からすやま)県、宇都宮県の9つの県が新たに設置されました。日光山領や幕府直轄領は日光県の管轄になっていましたが、ほかにも下野国内に本庁のない他国の藩の飛地領などが数多くあり、それらの数は20県にも及びます。江戸時代、下野国がいかに分割されていたかがよくわかります。

2回の廃藩置県ののち「栃木県」が誕生

最初の廃藩置県からわずか4か月後、明治政府は2回目の廃藩置県を実施。下野国は、「栃木県」と「宇都宮県」の2つの県に整理統合されます。

さらに1873(明治6)年には宇都宮県が廃されて栃木県に編入、現在に近い栃木県が誕生しました。なお、この段階では旧館林県の山田・新田(にった)・邑楽(おうら)3郡が栃木県の県域に含まれていました。このため県庁は、県域の中央に当たり、舟運の基点として栄えていた栃木町に置かれました。

『明治維新150年 栃木県誕生の系譜』(下野新聞社刊)より転載

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