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南薩線の歴史~かつて薩摩半島西部を縦走した鹿児島県内唯一の幻の私鉄~ 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年5月19日

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南薩線の歴史~かつて薩摩半島西部を縦走した鹿児島県内唯一の幻の私鉄~

大正期の南薩鉄道、薩南中央鉄道に始まり、薩摩半島西側を縦走し、地域の足として70年にわたって走り続けた南薩線の歴史を追います。

南薩線は鹿児島唯一の私鉄だった

鹿児島交通南薩(なんさつ)線、万世(ばんせい)線、知覧線は、かつて鹿児島県に存在した私鉄です。

全線が廃止される1984(昭和59)年3月まで、鹿児島県内唯一の私鉄として活躍。晩年、赤色の気動車が地域の足として走り、人々は親しみを込めて「南鉄(なんてつ)」と呼びました。

南薩線・万世線・知覧線の全路線図

南薩線・万世線・知覧線の全路線図

南薩線(のちに鹿児島交通枕崎線)は、伊集院駅を起点に枕崎駅までの49.6㎞を23駅で結んでいました。支線の万世線は2駅のみ、知覧線は阿多〜知覧駅間の16.3㎞を11駅で結んでいました。

南薩線全盛期には、伊集院駅から国鉄に乗り入れ、西鹿児島(現・鹿児島中央)駅までキハ300形2両連結による直通列車が走っていました。

南薩線の歴史

南薩線の歴史は明治後期に始まります。当時、九州地方で相次いで鉄道が開通するなか、鹿児島はまだ陸の孤島といえる状況でした。

それを脱却するべく1912(明治45)年7月、南薩地方に設立されたのが南薩鉄道で、1914)(大正3)年4月に伊集院(いじゅういん)〜伊作(いざく)間、同5月に伊作〜加世田(かせだ)間が開業。1916(大正5)年10月に加世田〜薩摩大崎町(のちの薩摩万世(さつまばんせい))間が支線の万世線として開業し、1931(昭和6)年3月には加世田〜枕崎間が開業し南薩線が全通しました。

南薩線と知覧線

他方、知覧線のルーツである薩南中央鉄道は1923(大正12)年7月の創立で、1927(昭和2)年6月に阿多(あた)〜薩摩川辺(さつまかわなべ)間が開業。1930(昭和5)年11月、薩摩川辺〜知覧間が全通しました。

その後、1943(昭和18)年の戦時統制により、南薩鉄道と合併し知覧線となりました。知覧線は合併直後から、知覧に設置された陸軍飛行場の軍事輸送で活況を呈します。

また、南薩線も南薩地方の森林資源を軍の工廠、北九州の炭鉱地帯へ送り出し、枕崎の鮮魚も本州へ貨物列車で運ばれました。旅客列車では行商人が鰹節の入った荷物を担いで多数乗車し、こちらも大いに賑わったといいます。

南薩線への鹿児島本線の乗り入れと黄金時代

戦後は、1949(昭和24)年2月から鹿児島〜枕崎間に鹿児島本線乗り入れの直通運転が始まり、加世田市(現・南さつま市)では直通祝賀会も開催されました。

1952(昭和27)年12月からは、新製された6両のキハ100形気動車の運転を開始し、1954(昭和29)年11月には最新のキハ300形を3両導入。輸送能力の充実が図られました。

同車は、国鉄キハ10系タイプの気動車で、合計9両の気動車がそれまでの蒸気機関車に代わり運転されるようになりました。同時に11月からは西鹿児島駅からの3往復の直通運転が開始され、南薩地方の大動脈として黄金時代を迎えました。

南薩線・万世線・知覧線の廃止

しかし、昭和30年代後半になるとモータリゼーションが進展しバス路線網も拡大。沿線の過疎化も進み苦境に立たされます。

こうして、1962(昭和37)年1月に万世線が廃止。1964(昭和39)年9月には三州自動車と合併して鹿児島交通となり体制を一新しましたが、翌年11月には知覧線が廃止に。残る南薩線(鹿児島交通枕崎線に改称)が孤軍奮闘を続けたものの、1984(昭和59)年3月に廃止となりました。

最後まで走った西鹿児島直通運転の列車は、鹿児島本線を国鉄線の試験を受けた南薩線の乗務員がそのまま運転していました。それだけ実力のある鉄道であり、廃止は地元でも惜しまれ、最終日は加世田駅にて盛大なお別れ式が挙行されました。蛍の光のメロディーが流れるなか「さよなら」の大合唱で最終列車が見送られ、南薩線は70年の歴史に幕を閉じたのです。

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・大正時代に驚くべき大噴火!桜島の形成とメカニズム
・アンモナイトやクビナガリュウなど恐竜時代の化石が獅子島で続々!
・屋久島は巨大な花崗岩の塊を付加体が取り巻いている!
・超巨大火山「喜界カルデラ」に知られざる溶岩ドームが存在!
・薩摩富士・開聞岳や池田湖ほか薩摩半島南東部の火山群の歴史
・テーチ木と奄美の赤黄色土が生む日本を代表する絹織物・大島紬

…などなど鹿児島の自然のポイントを解説。

Part.2 鹿児島を駆け抜ける充実の鉄道網

・明治時代開通の鹿児島線 鹿児島~国分に始まる鉄道史
・新大阪からの直通も走る!九州新幹線鹿児島ルートの全貌
・国内屈指の大幹線として君臨・東京直通も走った鹿児島本線
・日本最長の寝台特急も走った九州東部を縦貫する日豊本線
・「おれんじ食堂」の投入など奮闘する肥薩おれんじ鉄道
・開聞岳ほか薩南の絶景を満喫!JR最南端駅もある指宿枕崎線
・県内唯一の私鉄も今や幻に・鹿児島交通枕崎線&知覧線

…などなど鹿児島の鉄道事情を解説。

Part.3 鹿児島で動いた歴史の瞬間

・鹿児島の古代史総論
・国内最古級の大規模な定住集落跡・上野原遺跡とは?
・政府と薩摩の間に起った軍事的衝突
・日本の南の玄関口・鹿児島に鉄砲やキリスト教が伝来
・九州統一を目指す島津氏VS九州攻めに乗り出した豊臣秀吉
・江戸~薩摩間約1700㎞!最も遠方からの参勤交代
・鹿児島城の築城と薩摩藩独自の外城制度
・薩英戦争が薩摩藩にもたらした近代化と倒幕への方針転換
・戦後アメリカの統治下となった奄美群島が日本復帰

…などなど鹿児島の歴史を徹底解説。

Part.4 鹿児島で育まれた産業や文化

・近代産業の礎を築いた集成館
・日本の金産出量の約9割を占める菱刈鉱山がすごい!
・かつては海軍の航空基地・鹿児島空港開港の歴史
・志布志湾に浮かぶ人工島にある志布志国家石油備蓄基地とは?
・鹿児島臨海工業地帯の造成の変遷をたどる
・ロケット打ち上げ施設は国内唯一・日本で宇宙に一番近い県
・古代より栄えた坊津の港に代わり枕崎が遠洋漁業の拠点に!
・本土が半分がやせたシラス台地なのになぜ全国有数の農業県になれた?

…などなど鹿児島の産業と文化を丁寧に解説。

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