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広田遺跡や高橋貝塚などでわかった鹿児島の貝文化!弥生時代には南島産の貝を九州北部へ移送していた! 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年5月27日

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広田遺跡や高橋貝塚などでわかった鹿児島の貝文化!弥生時代には南島産の貝を九州北部へ移送していた!

弥生時代には貝が装飾品の素材として珍重されました。
南島産の貝を本土へと運ぶ際に鹿児島県域が重要な役割を果たし、独自の貝文化を形成しました。

鹿児島の貝を使った弥生時代の装身具が意味するものとは

弥生時代になると、九州の北部で貝殻を素材とする円形の腕輪がつくられるようになります。ゴホウライモガイオオツタノハなどの貝殻が用いられ、なかでもゴホウラが珍重されました。これらの腕輪は、埋葬人骨の腕にはめられたまま出土することも多く、ゴホウラは成人男性に、イモガイは成人女性の腕にはめられているケースが多くみられます。

同時期では、中国製の鏡や武具(刀剣など)、ヒスイやガラスの玉類を身につけた弥生人骨も出土しており、希少な品々が副葬されていることから被葬者は為政者(いせいしゃ)であると考えられますが、こちらは貝輪をはめていません。

つまり貝輪をはめている人物は、政事とは別の役割、おそらく祭祀(さいし)的な役割を担っていた者であると推測されています。このため貝輪は、単なる装飾品としてではなく、呪術的な意味合いが込められていたようです。

なお、これらの貝輪の素材は奄美以南の珊瑚礁に生息する貝なので、「南島産貝輪」と呼ばれています。

鹿児島の高橋貝塚から出土した南島産の貝

南島産の貝は、九州北部へもたらされる過程で薩摩半島の西岸を経由していました。

吹上浜から広がる砂丘の端のシラス台地上にある高橋貝塚(南さつま市金峰(きんぽう)町)からは、加工途中の南島産の貝が出土しています。この地域で粗加工されたあとに九州北部へ運ばれたことがわかっており、同時にこの高橋貝塚からは、稲を刈る石包丁や朝鮮半島の影響を受けた石斧(せきふ)など、稲作とともに伝来した石器が見つかっています。

こうした事例から、九州北部との貝を用いた交流が盛んであった様子がうかがえます。

広田遺跡は弥生時代の集団墓地

鹿児島県域の弥生遺跡としては、種子島南部の広田遺跡(熊毛(くまげ)郡南種子(みなみたね)町)も忘れてはなりません。広田遺跡は太平洋に面した全長約100mの海岸砂丘上に位置した、弥生時代後期から古墳時代(約1700〜1300年前)にかけての集団墓地です。

同時期の本土では古墳や墳丘墓(ふんきゅうぼ)がつくられるようになっていきますが、種子島では海岸の砂丘に遺体を埋葬しました。これまでに150体以上の人骨が出土し、その平均身長は成人男性が約154㎝、成人女性が約143㎝と九州北部の弥生人(成人男性は約163㎝、成人女性は約152㎝) より小柄であったことが判明しています。

広田遺跡から出土した貝の装身具から見える諸外国との関係性

広田遺跡からは4万点以上もの貝製の装身具が出土しました。前述の南島産貝輪のほかにも幾何学文(きかがくもん)が施された貝符(かいふ)、竜佩形貝垂飾(りゅうはいがたかいすいしょく)などが見つかっています。

貝符は貝札(かいさつ)とも呼ばれ、被葬者の副葬に用いられました。古代中国の青銅器に見られるような文様が施されており、このような習俗や貝の装飾文化は本土では見受けられません。中国や南洋から影響を受けながら、独特な貝文化を形成していたのです。

弥生~古墳時代のおもな遺跡

弥生~古墳時代のおもな遺跡
『鹿児島県の歴史』(山川出版社、2011年)を元に作成

南島産の貝が高橋貝塚をはじめ、鹿児島県本土で見つかっているいっぽう、九州南部から持ち込まれた土器が奄美大島(宇宿貝塚など)で出土しています。貝だけでなく土器からも南九州と 南島のつながりをうかがいしれます。

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Part.1 地図で読み解く鹿児島の大地

・鹿児島を筆頭に九州になぜ火山が多く一直線に並ぶ?
・大正時代に驚くべき大噴火!桜島の形成とメカニズム
・アンモナイトやクビナガリュウなど恐竜時代の化石が獅子島で続々!
・屋久島は巨大な花崗岩の塊を付加体が取り巻いている!
・超巨大火山「喜界カルデラ」に知られざる溶岩ドームが存在!
・薩摩富士・開聞岳や池田湖ほか薩摩半島南東部の火山群の歴史
・テーチ木と奄美の赤黄色土が生む日本を代表する絹織物・大島紬

…などなど鹿児島の自然のポイントを解説。

Part.2 鹿児島を駆け抜ける充実の鉄道網

・明治時代開通の鹿児島線 鹿児島~国分に始まる鉄道史
・新大阪からの直通も走る!九州新幹線鹿児島ルートの全貌
・国内屈指の大幹線として君臨・東京直通も走った鹿児島本線
・日本最長の寝台特急も走った九州東部を縦貫する日豊本線
・「おれんじ食堂」の投入など奮闘する肥薩おれんじ鉄道
・開聞岳ほか薩南の絶景を満喫!JR最南端駅もある指宿枕崎線
・県内唯一の私鉄も今や幻に・鹿児島交通枕崎線&知覧線

…などなど鹿児島の鉄道事情を解説。

Part.3 鹿児島で動いた歴史の瞬間

・鹿児島の古代史総論
・国内最古級の大規模な定住集落跡・上野原遺跡とは?
・政府と薩摩の間に起った軍事的衝突
・日本の南の玄関口・鹿児島に鉄砲やキリスト教が伝来
・九州統一を目指す島津氏VS九州攻めに乗り出した豊臣秀吉
・江戸~薩摩間約1700㎞!最も遠方からの参勤交代
・鹿児島城の築城と薩摩藩独自の外城制度
・薩英戦争が薩摩藩にもたらした近代化と倒幕への方針転換
・戦後アメリカの統治下となった奄美群島が日本復帰

…などなど鹿児島の歴史を徹底解説。

Part.4 鹿児島で育まれた産業や文化

・近代産業の礎を築いた集成館
・日本の金産出量の約9割を占める菱刈鉱山がすごい!
・かつては海軍の航空基地・鹿児島空港開港の歴史
・志布志湾に浮かぶ人工島にある志布志国家石油備蓄基地とは?
・鹿児島臨海工業地帯の造成の変遷をたどる
・ロケット打ち上げ施設は国内唯一・日本で宇宙に一番近い県
・古代より栄えた坊津の港に代わり枕崎が遠洋漁業の拠点に!
・本土が半分がやせたシラス台地なのになぜ全国有数の農業県になれた?

…などなど鹿児島の産業と文化を丁寧に解説。

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