フリーワード検索

ジャンルから探す

トップ > カルチャー >  北海道・東北 > 秋田県 >

花輪線のスイッチバックの謎!~米代川に沿って走る本州横断線~ 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年6月28日

この記事をシェアしよう!

花輪線のスイッチバックの謎!~米代川に沿って走る本州横断線~

秋田鉄道で始まった花輪線は、米代川沿いの美しい風景をひた走ります。
平地にもかかわらず、十和田南駅ではスイッチバックを行っている理由とは?

花輪線は車窓風景の美しい本州横断線

花輪線(はなわ)線は、岩手県の好摩(こうま)駅と大館(おおだて)駅を結ぶ全長106.9㎞のローカル線です。北上線・田沢湖線などと並ぶ本州横断線であり、険しい奥羽脊梁(おううせきりょう)山脈を縦断します。

車窓風景は美しく「十和田八幡平四季彩ライン(とわだはちまんたいしきさいライン)」の愛称がつけられています。

花輪線の秋田県域路線図

花輪線の秋田県域路線図

花輪線は全長106.9㎞、秋田県内には14駅あります。岩手県から秋田県へ入った列車は湯瀬温泉の玄関口、湯瀬温泉駅に停車。さらに、八幡平の登山口のひとつである八幡平駅をすぎると、米代川との併走区間になります。

十和田南駅ではスイッチバックで方向転換しつつ、およそ直角に流路を変えた米代川に再び寄り添います。

花輪線の歴史

花輪線は、私鉄の秋田鉄道が1914(大正3)年7月に大館〜扇田(おうぎた)間を開業したことに始まります。翌年1月に大滝(おおたき)温泉駅、12月に初代の毛馬内(けまない)駅(現・末広(すえひろ))まで延伸開業し、1920(大正9)年7月に2代目の毛馬内駅(現・十和田南)へ延伸。そして、1923(大正12)年11月に陸中花輪(りくちゅうはなわ)駅(現・鹿角(かづの)花輪)まで全通しました。

いっぽう、岩手県側は国による軽便線(けいべんせん)の花輪線として建設が行われました。1922(大正11)年8月に好摩〜平館(たいらだて)間が開業し、1931(昭和6)年10月に陸中花輪まで全通。1934(昭和9)年6月に秋田鉄道を買収、国有化され全線が花輪線となりました

花輪線を走る急行「よねしろ」

好摩駅から奥羽山脈の峠越えが続き、岩手・秋田県境の手前からは米代川(よねしろがわ)が寄り添います。花輪線は16の鉄橋で米代川を渡り「米のとぎ汁のように白い川」が語源という米代川は乗客たちをしばし魅了します。

そんな米代川が愛称のルーツとなったのが、花輪線を走った急行「よねしろ」です。

急行「よねしろ」は、本州を縦断する盛岡〜秋田間の列車として1962(昭和37)年2月に準急としてデビュー。同区間を直通する他ルートの列車がなかったこともあり大好評となり、1966(昭和41)年に急行に昇格。愛称が「はちまんたい」となったり、再び「よねしろ」に復活するなどしながら長く活躍しました。

その後、1986(昭和61)年11月からは秋田〜大館〜陸中花輪間(大館〜陸中花輪間は普通列車)の急行として運行。

車両は急行形のキハ58系気動車ながら、車内にリクライニングシートを配置した豪華な編成でしたが、2002(平成14)年12月に廃止されました。

花輪線はなぜスイッチバックをするのか?

山間部から花輪盆地へ進んだ花輪線は、スイッチバック式の十和田南駅に達し、列車は必然的に進行方向を変えます。不思議なのは、スイッチバックは山岳地帯をジグザグに登坂するためや、地形上の制約によるものが大半ですが、十和田南駅はそれらに該当しないことです。

なぜスイッチバックをするのかは諸説ありますが、行き止まりの駅から北には小坂鉱山があり、北側への延伸を予定していたことが考えられます。事実、秋田鉄道は小坂(こさか)までの免許を取得していましたし、小坂延伸には地主の猛反対があったともいわれます。

また、1922(大正11)年に公布された改正「鉄道敷設法別表」では、「青森県三戸ヨリ秋田県毛間内ヲ経テ花輪ニ至ル鉄道」の設定があり、秋田鉄道にも十和田南から三戸(さんのへ)を結ぶ壮大な計画があったともされ、これがスイッチバックに関係している可能性があります。

今となっては謎ですが、列車は毎日ここで進行方向を変え、終点の大館駅がある大館盆地へとひた走ります。

『秋田のトリセツ』好評発売中!

地形、交通、歴史、産業…あらゆる角度から秋田県を分析!

秋田県の地形や地質、歴史、文化、産業など多彩な特徴と魅力を、地図を読み解きながら紹介するマップエンターテインメント。秋田の知っているようで知られていない意外な素顔に迫ります。地図を片手に、思わず行って確かめてみたくなる情報を満載!

Part.1 地図で読み解く秋田の大地

・秋田県の地形総論
・火山の痕跡や地殻変動を体感!男鹿半島ぐるり1周ジオ巡り
・世界最大の二重カルデラ湖「十和田湖」はどうやって生まれた?
・地下にかつての雄物川の流路!? 秋田平野が形成の驚きのしくみ
・黒川や雄物川流域に油田続々!秋田ではどうして油が採れる!?
・ブナ林が発達し海成段丘が縁取る 起伏が激しい白神山地の形成史
・美しき田園・象潟の九十九島は鳥海山の山体崩壊でできた
・大館・鷹巣・鹿角盆地と能代平野 米代川流域に形成された地形の謎

Part.2 秋田を駆ける充実の交通網

・全国2番目のミニ新幹線、E6系「こまち」が走る秋田新幹線
・一部レール幅を変えて新幹線もいく!福島~青森を結ぶ幹線・奥羽本線
・新津~秋田を結ぶ日本海側の動脈 寝台特急「日本海」も走った羽越本線
・米代川に沿って走る本州横断線 スイッチバックも見事な花輪線
・東能代~川部を結ぶ絶景ローカル線 「リゾートしらかみ」が走る五能線
・鷹巣と角館を結ぶ旧国鉄角館線 秋田内陸縦貫鉄道は見どころ満載!
・釜石~横手~本荘を結ぶ大計画も!? 由利高原鉄道鳥海山ろく線がすごい
・小坂鉱山の鉱石輸送のため開業 旅客輸送も担った幻の小坂鉄道/昭和40年代に消えたローカル私鉄 羽後交通の雄勝線・横荘線とは?

Part.3 秋田の歴史を深読み!

・秋田の古代史総論
・大型住居跡やストーン・サークルなど秋田県の縄文遺跡がおもしろい!
・出羽柵が遷置・整備されて秋田城と呼ばれるようになった
・奥羽を支配した出羽の豪族・清原氏が後三年の役により滅亡
・秋田の中世史総論
・八郎潟東岸を拠点とする大河兼任が鎌倉幕府に対して反乱を起こす
・秋田の近世史総論
・佐竹氏の入部以降、鉱山開発が進み鉱業が秋田藩の財政を支えた
・古来より栄えていた舟運に加え街道が整備され交易が盛んに!
・近現代史総論/奥羽越列藩同盟を離脱し新政府側へ 秋田藩の戊辰戦争と戦後のゆくえ
・日本最後の空襲となった土崎空襲 どうして土崎港が狙われたのか?

Part.4 秋田で育まれた産業や文化

・全国屈指の産油量だった秋田県がシェールオイルの開発・商業生産へ
・秋田港、船川港、能代港 三つの重要港湾が海上輸送網の拠点
・国内有数の米どころ・秋田県は農業産出額の5割以上を米が占める
・かつては国内2位の広さを誇る湖!? 八郎潟の干拓と大潟村の歴史
・古来より建材や工芸品に用いられた秋田杉の活用と保存の取り組み
・日本のロケット発祥の地は秋田県の道川海岸だった!
・地熱発電や風力発電などの再生可能エネルギーの導入が加速
・県内各地で伝承されている民俗芸能 国指定重要無形民俗文化財は国内最多!

『秋田のトリセツ』を購入するならこちら

まっぷるトラベルガイド編集部は、旅やおでかけが大好きな人間が集まっています。
皆様に旅やおでかけの楽しさ、その土地ならではの魅力をお伝えすることを目標に、スタッフ自らの体験や、旅のプロ・専門家への取材をもとにしたおすすめスポットや旅行プラン、旅行の予備知識など信頼できる情報を発信してまいります!

エリア

トップ > カルチャー >  北海道・東北 > 秋田県 >

この記事に関連するタグ