フリーワード検索

ジャンルから探す

トップ > カルチャー >  北海道・東北 > 秋田県 >

矢口高雄が描いた自然の姿~名作『釣りキチ三平』を生んだ秋田出身の漫画家~ 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年7月4日

この記事をシェアしよう!

矢口高雄が描いた自然の姿~名作『釣りキチ三平』を生んだ秋田出身の漫画家~

秋田県出身の漫画家の代表格といえば矢口高雄氏でしょう。
自然豊かな秋田の風景を作品に落とし込んだ作者の来し方を紐解いていきます。

矢口高雄の生い立ち

2020(令和2)年11月20日、秋田県出身の漫画家・矢口高雄(やぐちたかお)氏が死去しました。代表作『釣りキチ三平』は「週刊少年マガジン」(講談社)で1973(昭和48)年から10年にわたって連載され、1980(昭和55)年にはフジテレビ系列でテレビアニメ化もされました。

矢口高雄氏は1939(昭和14)年に旧西成瀬村狙半内(さるはんない)(現・横手市)の農家の長男として生まれました。幼少期から手塚治虫氏の漫画作品に親しみ、漫画家になる大志を抱きますが、高校卒業後には羽後銀行(現・北都銀行)に入行。村から銀行に就職したのは矢口高雄氏が初めてであったといわれます。

矢口高雄氏の前半生については、半自伝的作品『9で割れ!! 昭和銀行田園支店』に詳しく描かれています。

矢口高雄と先輩漫画家たち

いったんは就職したものの、行員時代に「月刊漫画ガロ」(青林堂)で白土三平(しらとさんぺい)氏の『カムイ伝』(第一部)に触れます。日置藩という架空の藩を舞台に、江戸時代の百姓一揆が起きるまでの階級闘争の様子を丹念に描いた作品ですが、写実的な劇画タッチで美しくも厳しい農村の四季が丹念に描き込まれていたのです。秋田県南の豪雪地帯で生まれ育った矢口高雄氏にとっては、おおいに触発されるところがあったのでしょう。

漫画家になる夢が再燃した矢口高雄氏は、行員生活の傍らに作品を描き、「月刊漫画ガロ」誌に投稿するようになります。

1968(昭和43)年に上京して編集部に持ち込みをした際には、同誌の看板作家である水木しげる氏(『悪魔くん』『ゲゲゲの鬼太郎』など)の仕事場に案内され、当時水木プロで仕事を手伝っていたつげ義春氏(『ねじ式』『無能の人』など)や池上遼一氏(『男組』『クライングフリーマン』など)から作画のアドバイスをされました。

矢口高雄の作家デビュー

そして1969(昭和44)年に『長持唄考』で作家としてデビューし、翌1970(昭和45)年には羽後銀行を退職。専業作家となるために、妻子を故郷に残して上京しました。このとき矢口高雄氏は30歳で、当時としては異例ともいえる「遅咲き」の作家でした。

短編などに取り組みながら、やがて自身の趣味である釣りを題材にした連載作『釣りキチ三平』を手がけます。写実的な農村や渓流の描写は、自身が憧れた白土三平作品を彷彿とさせるものがありました。

矢口高雄の代表作『釣りキチ三平』

本作の主人公・三平三平(みひらさんぺい)は秋田の山間の農村に住む魚釣りが大好きな少年で、日本中の「伝説の魚」や「大物釣り」に挑みます。

それまで“趣味としての釣り”といえば、どちらかというと「年配の男性の娯楽」と相場が決まっていましたが、『釣りキチ三平』は釣りに対する世間のイメージを「スポーツレジャー」へと塗り替えたのです。まさしく社会現象といえるほどの大ブームとなり、矢口高雄氏は押しも押されもせぬ人気作家となったのでした。

矢口高雄のライフワークとなった『釣りキチ三平』

『釣りキチ三平』は全67巻の長期連載作品となり、1983(昭和58)年に連載は終了を迎えますが、のちに日本初のパーソナルマガジンとして続編『釣りキチ三平 平成版』(全12巻)を発表。『釣りキチ三平』は、矢口高雄氏のライフワークだったといえるでしょう。

なお、2009(平成21)年には東映の実写映画『釣りキチ三平』が公開されました。監督は『おくりびと』で第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した滝田洋二郎(たきたようじろう)氏で、横手市・湯沢市・雄勝郡成瀬村・由利本荘市で撮影されました。

矢口高雄の故郷に開館した「増田町まんが美術館」

1995(平成7)年には矢口高雄氏の故郷である横手市増田町に、日本で初めて漫画をテーマにした美術館「増田町まんが美術館」(現・横手市増田まんが美術館)が開館(矢口氏が初代名誉館長)。

矢口高雄氏をはじめ、さまざまな作家の作品原画が展示され、日本の漫画文化の普及に大きく寄与しています。

矢口高雄の故郷に開館した「増田町まんが美術館」

横手市増田まんが美術館

住所
秋田県横手市増田町増田新町285
交通
JR奥羽本線十文字駅から羽後交通増田方面行きバスで10分、四ツ谷角下車、徒歩8分
料金
無料、特別展、企画展は別料金(障がい者手帳を持参で、本人と付き添い者1名まで無料)

矢口高雄の作品

『釣りキチ三平』
1973(昭和48)年から「週刊少年マガジン」(講談社)で連載。魚釣りが大好きな少年が、日本や世界を舞台にあらゆるスタイルの釣りに挑みます。1974(昭和49)年に第5回講談社出版文化賞(児童まんが部門)受賞。

『マタギ』
1975(昭和50)年から「週刊漫画アクション」(双葉社)で連載。奥羽山脈の山里を舞台に、厳しい大自然にさらされながら野生動物に立ち向かう猟師たちの物語。1976(昭和51)年に第5回日本漫画家協会賞・大賞受賞。

『9で割れ!! 昭和銀行田園支店』
1993(平成5)年から「小説中公」(中央公論新社)で連載。自身の幼少期から銀行員時代を経て、漫画家を志して「ガロ」に持ち込み、水木しげるらと出会うまでの前半生を描いた半自伝的エッセイ漫画。

『秋田のトリセツ』好評発売中!

地形、交通、歴史、産業…あらゆる角度から秋田県を分析!

秋田県の地形や地質、歴史、文化、産業など多彩な特徴と魅力を、地図を読み解きながら紹介するマップエンターテインメント。秋田の知っているようで知られていない意外な素顔に迫ります。地図を片手に、思わず行って確かめてみたくなる情報を満載!

Part.1 地図で読み解く秋田の大地

・秋田県の地形総論
・火山の痕跡や地殻変動を体感!男鹿半島ぐるり1周ジオ巡り
・世界最大の二重カルデラ湖「十和田湖」はどうやって生まれた?
・地下にかつての雄物川の流路!? 秋田平野が形成の驚きのしくみ
・黒川や雄物川流域に油田続々!秋田ではどうして油が採れる!?
・ブナ林が発達し海成段丘が縁取る 起伏が激しい白神山地の形成史
・美しき田園・象潟の九十九島は鳥海山の山体崩壊でできた
・大館・鷹巣・鹿角盆地と能代平野 米代川流域に形成された地形の謎

Part.2 秋田を駆ける充実の交通網

・全国2番目のミニ新幹線、E6系「こまち」が走る秋田新幹線
・一部レール幅を変えて新幹線もいく!福島~青森を結ぶ幹線・奥羽本線
・新津~秋田を結ぶ日本海側の動脈 寝台特急「日本海」も走った羽越本線
・米代川に沿って走る本州横断線 スイッチバックも見事な花輪線
・東能代~川部を結ぶ絶景ローカル線 「リゾートしらかみ」が走る五能線
・鷹巣と角館を結ぶ旧国鉄角館線 秋田内陸縦貫鉄道は見どころ満載!
・釜石~横手~本荘を結ぶ大計画も!? 由利高原鉄道鳥海山ろく線がすごい
・小坂鉱山の鉱石輸送のため開業 旅客輸送も担った幻の小坂鉄道/昭和40年代に消えたローカル私鉄 羽後交通の雄勝線・横荘線とは?

Part.3 秋田の歴史を深読み!

・秋田の古代史総論
・大型住居跡やストーン・サークルなど秋田県の縄文遺跡がおもしろい!
・出羽柵が遷置・整備されて秋田城と呼ばれるようになった
・奥羽を支配した出羽の豪族・清原氏が後三年の役により滅亡
・秋田の中世史総論
・八郎潟東岸を拠点とする大河兼任が鎌倉幕府に対して反乱を起こす
・秋田の近世史総論
・佐竹氏の入部以降、鉱山開発が進み鉱業が秋田藩の財政を支えた
・古来より栄えていた舟運に加え街道が整備され交易が盛んに!
・近現代史総論/奥羽越列藩同盟を離脱し新政府側へ 秋田藩の戊辰戦争と戦後のゆくえ
・日本最後の空襲となった土崎空襲 どうして土崎港が狙われたのか?

Part.4 秋田で育まれた産業や文化

・全国屈指の産油量だった秋田県がシェールオイルの開発・商業生産へ
・秋田港、船川港、能代港 三つの重要港湾が海上輸送網の拠点
・国内有数の米どころ・秋田県は農業産出額の5割以上を米が占める
・かつては国内2位の広さを誇る湖!? 八郎潟の干拓と大潟村の歴史
・古来より建材や工芸品に用いられた秋田杉の活用と保存の取り組み
・日本のロケット発祥の地は秋田県の道川海岸だった!
・地熱発電や風力発電などの再生可能エネルギーの導入が加速
・県内各地で伝承されている民俗芸能 国指定重要無形民俗文化財は国内最多!

『秋田のトリセツ』を購入するならこちら

まっぷるトラベルガイド編集部は、旅やおでかけが大好きな人間が集まっています。
皆様に旅やおでかけの楽しさ、その土地ならではの魅力をお伝えすることを目標に、スタッフ自らの体験や、旅のプロ・専門家への取材をもとにしたおすすめスポットや旅行プラン、旅行の予備知識など信頼できる情報を発信してまいります!

エリア

トップ > カルチャー >  北海道・東北 > 秋田県 >

この記事に関連するタグ