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熊本では縄文時代に早くも稲作が 始まっていたというのは本当か? 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日: 2024年1月15日

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熊本では縄文時代に早くも稲作が 始まっていたというのは本当か?

日本における米づくりは、縄文時代には早くも始まっていました。天草の縄文時代の遺跡からもその証拠が次々と見つかっています!

縄文時代に一部の地域で稲作の痕跡が認められた

以前は、日本で稲作が始まったのは弥生時代の初め(紀元前4~5世紀)とされていました。しかし、今では縄文時代にすでに稲作が始まっていたというのが定説になっています。
たとえば、佐賀県唐津市の菜畑(なばたけ)遺跡は一時期、日本最古の稲作の遺跡とされ、1983(昭和58)年には国の史跡に指定された。菜畑遺跡は、JR唐津駅から西に2㎞ほどのところに位置していますが、1980(昭和55)年12月から1981(昭和56)年8月にかけて行われた発掘調査の結果、水田の跡が見つかり、約2600年前の縄文時代晩期後半に谷底平野の斜面下部や低地の縁辺でイネの栽培が始まったと考えるに足る発見とされました。

縄文時代に稲作が行われていた痕跡が次々発見される

しかしその後、新たな発見が続きました。2005(平成17)年2月には、岡山県灘崎町(現在の岡山市南区彦崎)にある彦崎貝塚の約6000年前(縄文時代前期)の地層から、イネやキビ、ヒエなどの細胞成分(プラントオパール)が大量に見つかり、すでに稲作が始まっていた可能性があることが発表されました。

縄文時代、熊本の有明海、八代海の沿岸部に住む人々によって多くの貝塚が形成されました。
参考資料:『山川 日本史総合図録(増補版)』2008年2月20日 増補版14刷

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※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。

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