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五島慶太は渋谷と東急グループを作り上げた鉄道王。その優れた経営手腕とは 123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年10月6日

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五島慶太は渋谷と東急グループを作り上げた鉄道王。その優れた経営手腕とは

東京有数の繁華街である渋谷は、東急と共に栄えてきたといっても過言ではありません。鉄道を中心とした東急を作り上げた五島慶太と渋谷の深いつながりを見ていきましょう。

五島慶太と東急グループ

渋谷駅の周辺には複数の東急ビルが立っているように、渋谷は東急が作り上げた繁華街といってよいでしょう。しかし、一朝一夕にできたわけではなく、東急に命をかけて会社を躍進させた五島慶太がいたからなのです。

五島慶太は一電鉄会社から立ち上げた会社を、一代で東急グループに成長させました。時に強引な手法から「五島慶太ならぬ強盗慶太」と揶揄されました。

東急の拠点は渋谷駅ですが、はじめから渋谷だったわけではありません。東急の始まりは目黒駅を始発着とする目蒲電鉄・目蒲線です。第一期の大正12(1923)年は目黒駅から丸子多摩川駅まで開通し、半年後には蒲田駅まで開通。しかし蒲田駅まで開通したその日に、関東大震災が襲います。開通式の5時間後に地震で電車の運行はストップし、レールが曲がるなど大損害を負いましたが、2か月後には復旧させるという離れ業をみせ、世間をあっといわせました。指揮したのは、目蒲電鉄を率いていた、後に東急グループの代表となる五島慶太です。

五島慶太が震災後に行った資金調達

関東大震災は、鉄道の被害は大きかったですが、思わぬ「恵み」をもたらします。

震災後、東京の住宅地が急に西の郊外に広がったことです。渋沢栄一が掲げていた田園都市構想を実現すべく、五島慶太が所有していた郊外の土地が次々と売れました。目蒲電鉄は震災後大きな利益を出し、五島慶太はその資金を活用して次の事業に進出します。関東大震災後、都心から郊外に土地を求めた学校を誘致することにも力を入れ、乗客増加につなげたのです。その代表は、日吉に進出した慶應義塾大学です。

五島慶太による鉄道の合併と事業推進

渋谷と横浜を鉄道で結ぶ計画を掲げた武蔵電鉄という会社がありましたが、一向に工事が進まないのをみて、五島慶太は個人での筆頭株主となり、後に社名を東京横浜電鉄に変更します。東京横浜電鉄は昭和2(1927)年、渋谷〜丸子多摩川の9.1kmを開通、さらに5年後には桜木町駅まで延伸しました。東横線を所有し、次第に繁華街らしくなっていく渋谷に拠点を移した五島慶太は、渋谷を一大ターミナルにする計画を着々と進めます。

昭和13(1938)年には玉川電気鉄道(玉電 )と 合併。後に開通する地下鉄駅は玉電ビルの2階に造られ、建物から地下鉄の電車が飛び出してくる、渋谷を象徴する光景が作られました。

日本に初めての地下鉄が開通したのは、昭和2(1927)年の上野〜浅草(現在の銀座線)で、東京地下鉄道の早川徳次(はやかわのりつぐ)が つくりました。五島慶太も山手線から都心へのアクセスとして地下鉄を開通させますが、浅草から路線を伸ばしていた早川徳次と、新橋駅の使用をめぐって対立することになりました。政府は両社を仲裁、国が出資する「帝都高速度交通営団」(現在の東京メトロ)を設立し、昭和16(1941)年から営団地下鉄として業務を始めます。時が戦時下ということもあり、五島慶太は地下鉄の経営から退きました。

五島慶太が発売した記念切符「十社通し切符」

日本最初の地下鉄は、地下鉄の父といわれる早川徳次で、浅草から都心に進めました。五島慶太も山手線と都心を結ぶアクセスとして地下鉄を計画、昭和9年に東京高速鉄道を造り、5年後には渋谷〜新橋を開通させます。しかし、浅草から路線を伸ばしていた早川徳次と新橋駅をめぐって激しく対立します。

五島慶太は、東京高速鉄道が渋谷から新橋を経由し浅草まで走ったことを記念し「十社通し切符」を発売しました。「十社通し切符」というのは鉄道王・五島慶太のすごさが表れています。

五島慶太が創り上げた東急グループと渋谷駅

五島慶太は渋谷を一大繁華街にすべく、駅に直結したデパートを開店させました。昭和9(1934)年、関東では初めてとなるターミナルデパート、東横百貨店(現在の東急百貨店)です。百貨店の中に銀座や日本橋の老舗を集めた東横のれん街が評判となり、東横百貨店の象徴となりました。これは、現在のデパ地下の発想を先取りしたものでした。

このように渋谷の発展は東急とともにあったといえます。五島慶太と東急グループがなければ、現在の渋谷駅周辺の風景はまったく違っていたものになっていたことでしょう。

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■第1章 地形から読み解くあなたの知らない東京

・最強の城・江戸城はこうして完成した/姿を消した渋谷川が再び川として蘇る
・九品仏川は矢沢川に乗っ取られた?
・標高たったの26m!? 家康ゆかりの愛宕山
・23区内にある低山は江戸時代に増えた!?
・品川台場のために切り崩された御殿山
・日本初の上水・神田上水から玉川上水へ
・東京市の水源確保のため多摩湖に沈んだ村
・八王子と町田の境界にある戦車道路とは?

■第2章 東京の知られざる鉄道・交通網

・高輪築堤出土!品川海上を走った鉄道
・新宿ゴールデン街を都電が走った!
・荒川放水路建設でねじ曲げられた東武線
・かつて山手線はチョコレート色だった!
・知られざる東京都港湾局専用線
・江戸川を走っていたマッチ箱電車とは?
・実働わずか8か月 国鉄武蔵野競技場線
・奥多摩駅のさらに奥に東京都専用の鉄道があった
・渋谷上空にロープウェイ!ひばり号とは?
・道として使われた川-江戸時代の舟運
・本土と伊豆諸島を繋ぐ東海汽船

■第3章 東京が誇る建造物・名建築をめぐる

・高級住宅地・世田谷に200年前栄えた城があった
・江戸幕府を支えた大名屋敷のいま
・大名庭園は金食い虫だった!?
・築地本願寺は海の上に建てられた
・阿吽の武士像が鎮座する迎賓館赤坂離宮
・明治・大正ロマンを感じる西洋建築
・都内最古の石橋・常磐橋
・まるで橋の博物館!隅田川橋梁群

■第5章 東京ゆかりの人物が愛した東京の街

・90年で引っ越し90回以上!葛飾北斎とすみだ
・正岡子規と文人の集う根岸の里
・飛鳥山に居を構えた渋沢栄一
・東急グループを作り上げた鉄道王・五島慶太
・西部王国を築いた堤康次郎と国立学園都市
・夏目漱石-『三四郎』が誕生した早稲田
・森鴎外が愛した千駄木
・青年期までの芥川龍之介を育んだ両国
・向島のラビラント-私娼窟・玉の井と永井荷風
・太宰治が好んだ三鷹の跨線橋も見納め?
・多くの文士・芸術家が集まった馬込文士村

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