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堤康次郎が開発した国立学園都市~西武王国を築いた堤が描いた学園都市構想 123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年10月6日

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堤康次郎が開発した国立学園都市~西武王国を築いた堤が描いた学園都市構想

国立駅前からまっすぐに伸びる大学通り。道幅約44mの両側は桜並木の遊歩道。国立市は約100年前、山林を開拓して大学を誘致してできた町です。

堤康次郎が動き出した当時の東京

東京は西へ、西へと発展してきました。早くから住宅や工場が集中した下町に比べ、西部には広大な畑地や雑木林などが残っていました。西部への発展は大正12(1923)年の関東大震災後から顕著になり、戦後はさらに西部の人口が増加します。池袋、新宿、渋谷などのターミナルから西に伸びる沿線に住宅地が広がったが、大きな転機は関東大震災です。

近江商人で知られる近江の出身で、上京後さまざまな事業を手がけて失敗を繰り返すなか、不動産で成功をおさめ、鉄道事業に進出した人物に、堤康次郎(つつみやすじろう)がいます。堤康次郎の当時の会社は箱根土地という社名で、後に西武グループ(国土計画、西武鉄道、西武百貨店など)の代表となり衆議院議長もつとめました。

堤康次郎が開発した目白文化村(現・新宿区下落合)

堤康次郎は、不動産事業の「別荘」「宅地・学園都市」で実績をあげました。別荘では軽井沢や箱根の開発で有名になるが、宅地開発では大正11(1922)年から分譲を開始した、目白文化村で名を高めました。目白文化村は、現在の新宿区下落合の高級分譲地で、西洋風の住宅に電気、ガス、上下水道を完備し、作家や画家などの文化人も住み、現在も町並の一部に当時の雰囲気を残しています。

堤康次郎の学園都市構想

関東大震災で東京の町は壊滅的な打撃を受けました。崩壊した都心の学舎に見切りをつけ、大学などの移転が計画されます。学校用の広い土地は西にあり、東京商科大学(現在の一橋大学)もその1つで、不動産で成功を収めた堤康次郎は「学園都市構想」を打ち出します。堤康次郎の学園都市構想は、大泉学園駅や一橋学園駅でも行われましたが、計画通りに進みませんでした。しかし、国立駅では成功したのです。

堤康次郎が創り上げた国立学園都市

関東大震災後の東京商科大学の移転につき、堤康次郎は大学を誘致するにふさわしい土地を探した結果、大正13(1924)年、東京郊外の北多摩郡谷保村(やぼむら)に注目しました。谷保村は甲州街道に面して谷保天満宮がある小さな村で、中央線からは直線で約2kmと遠いのです。谷保天満宮は東日本最古の天満宮で、湯島天満宮(湯島天神)、亀戸天神社(亀戸天満宮)とならぶ関東三天神です。

ここに注目した堤康次郎は、谷保村の北部に広がる中央線南部の山林約100万坪を買い取り、広大な大学用地を確保、新しく駅を設置し駅中心に広い道を造り、大学中心の新しい町づくりを説きました。 大正14(1925)年、箱根土地は土地を取得して学園都市への道筋ができます。

大学のキャンパスは約100万坪のうち約7万3000坪をあてました。駅からまっすぐ甲州街道に向かうメインの大学通りは幅が約44mと広くなっています。駅舎は箱根土地が造って鉄道会社に寄付する形をとり、駅名は国分寺と立川の間にあるとして国立駅となります。堤康次郎が手がけた学園都市構想は国立市で結実したのです。

堤康次郎が創り上げた国立駅の現在

国で4番目に小さい面積の国立市ですが、国立音楽大学に続き 一橋大学も進出、学園都市にふさわしい町となり、市民に愛される町に育っています。国立市は、昭和27(1952)年、文教地区の指定を受け、市民は開発よりも学園都市の環境を守ることを選択しました。

国立駅の幻のオレンジ屋根

大正15(1926)年創建された当時の旧国立駅舎の駅前は広場で、円形公園があり、左のケージは水禽舎で水鳥を飼育していました。国立駅舎は、大正期の木造駅舎として希少価値が高く、三角屋根の強い個性の意匠とともに、市の象徴として親しまれました。

昭和63(1988)年2月、風化・老朽化による改修工事が行われたが、屋根の色で大騒動になりました。民営化1周年を迎えたJR東日本は「明るさを強調」したあまりか、屋根の色を補修前の赤さび色から明るいオレンジ色にしました。が、これが市民に不評で、4月に元の赤さび色に戻すと公表。ところが、オレンジ色支持の意見も寄せられ、JRは利用客にアンケートを行うことになります。オレンジ色反対が8割で、色は元の赤さび色に変更することで決着、6月中旬、赤さび色に塗り替えられました。2006年、駅は高架になって旧駅舎は取り壊され、2020年に旧駅舎が広場前に「まちの魅力発信拠点」として再建。屋根色は、もちろん赤さび色です。

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全都道府県が出そろった好評のトリセツシリーズ。本書はそのなかでもとくに話題豊富な首都・東京の第2弾です。本書は地形、交通、歴史、産業・文化などのジャンルからその県ならではの知っておきたい面白いネタを拾ってきて紹介していますが、東京第2弾のコンセプトは「懐かしの東京を知る。江戸・明治・大正・昭和、時間を飛び越え、知らなかった東京を見つけよう!」。江戸城完成の秘密、高輪築堤出土!品川海上を走った鉄道、江戸幕府を支えた大名屋敷のいま、赤坂・麻布・青山は軍施設の密集地、飛鳥山に居を構えた渋沢栄一・・・などなど、今回もまた読み応えのある一冊に仕上がっています。

■第1章 地形から読み解くあなたの知らない東京

・最強の城・江戸城はこうして完成した/姿を消した渋谷川が再び川として蘇る
・九品仏川は矢沢川に乗っ取られた?
・標高たったの26m!? 家康ゆかりの愛宕山
・23区内にある低山は江戸時代に増えた!?
・品川台場のために切り崩された御殿山
・日本初の上水・神田上水から玉川上水へ
・東京市の水源確保のため多摩湖に沈んだ村
・八王子と町田の境界にある戦車道路とは?

■第2章 東京の知られざる鉄道・交通網

・高輪築堤出土!品川海上を走った鉄道
・新宿ゴールデン街を都電が走った!
・荒川放水路建設でねじ曲げられた東武線
・かつて山手線はチョコレート色だった!
・知られざる東京都港湾局専用線
・江戸川を走っていたマッチ箱電車とは?
・実働わずか8か月 国鉄武蔵野競技場線
・奥多摩駅のさらに奥に東京都専用の鉄道があった
・渋谷上空にロープウェイ!ひばり号とは?
・道として使われた川-江戸時代の舟運
・本土と伊豆諸島を繋ぐ東海汽船

■第3章 東京が誇る建造物・名建築をめぐる

・高級住宅地・世田谷に200年前栄えた城があった
・江戸幕府を支えた大名屋敷のいま
・大名庭園は金食い虫だった!?
・築地本願寺は海の上に建てられた
・阿吽の武士像が鎮座する迎賓館赤坂離宮
・明治・大正ロマンを感じる西洋建築
・都内最古の石橋・常磐橋
・まるで橋の博物館!隅田川橋梁群

■第5章 東京ゆかりの人物が愛した東京の街

・90年で引っ越し90回以上!葛飾北斎とすみだ
・正岡子規と文人の集う根岸の里
・飛鳥山に居を構えた渋沢栄一
・東急グループを作り上げた鉄道王・五島慶太
・西部王国を築いた堤康次郎と国立学園都市
・夏目漱石-『三四郎』が誕生した早稲田
・森鴎外が愛した千駄木
・青年期までの芥川龍之介を育んだ両国
・向島のラビラント-私娼窟・玉の井と永井荷風
・太宰治が好んだ三鷹の跨線橋も見納め?
・多くの文士・芸術家が集まった馬込文士村

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