フリーワード検索

ジャンルから探す

トップ > カルチャー >  関東 > 東京都 >

安政の大地震で恐怖に陥った江戸~マグニチュード7レベルの直下型地震~ 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年6月22日

この記事をシェアしよう!

安政の大地震で恐怖に陥った江戸~マグニチュード7レベルの直下型地震~

安政年間(1854~1860年)は幕末の激動の時代を暗示するかのように事件や天災が相次ぎました。
新しい元号の安政になって早々、江戸を大地震が襲いました。

安政の大地震と火災の発生

安政2(1855)年10月2日午後10時頃、江戸を中心とする大地震が起き、江戸では武家屋敷や町家の多くが倒壊しました。地震のあと火災が発生し、市中の約30か所から火の手があがり被害はさらに大きくなりました。

しかし、風が弱かったことが幸いし、翌朝の10時頃には鎮火しました。江戸市中の焼失面積は関東大震災の約20分の1といわれています。

安政の大地震の大きさ

被害が大きかったのは、本所、深川、鉄砲洲、築地、上野、浅草の低地部でした。現在の江戸川や葛飾方面では、液状化現象が起きています。震源地は被害の中心から見て、現在の東京湾北部から江東区付近と想定されるものでした。

いわゆる内陸の直下型地震で、マグニチュード7に匹敵する大きさでした。

安政の大地震の被害

被害は武家屋敷にも及び、水戸藩の儒学者・藤田東湖(とうこ)らが屋敷内で圧死しました。死者は武士、町人合わせて少なくとも7000人以上といわれています。この死者数は1995年の阪神・淡路大震災の死亡者6433人を上回るものです。

町方では約1万6000棟が倒壊しました。江戸市中全体では約10万人を超える人が家を失っています。

安政の大地震に明暦の大火の経験が生かされる

大地震の甚大な被害に対して、幕府の救済の動きは早く、10月4日には被害状況を把握する「地震火事方角付け」が出され、同月5日からは湯屋、髪結床や商店なども営業を再開しました。町奉行所では、地震のあった夜のうちに対策を協議し、住居を失ったものを収容する救小屋の設置、野宿者への炊出し、窮民への米の支給などを決定、すぐに実施されました。

明暦の大火などの経験が生かされて、町人だけでなく、初めて武家屋敷や寺院からも広く救済の動きがあり、町方の罹災者を救っています。

安政の大地震後も続く流行病や天災

しかし安政の不安は続き、安政3(1856)年8月には大暴風雨が襲い、多くの建物が崩壊しました。続いて、安政5(1858)年にはコレラの流行が襲い、人口密度の高い江戸市中に広まり、有力な治療方法もなかったため、武家方で2万2554人、町方で1万8680人の病死者を出しました。流行病は文久2(1862)年には麻疹の流行で1万4210人、コレラの再流行で6742人の病死者が出ています。

あまりに重なる流行病や天災に人々は不安に陥り、臨時の祭礼が営まれ、市中を梵天、獅子頭、神輿などが練り歩くなどして人の不安を和らげる動きが盛んになりました。

安政の大地震の起こった安政年間とは

安政年間は日米和親条約などが結ばれ、外国貿易の影響によって物資が高騰し、江戸市民の生活は逼迫(ひっぱく)、町中では押し込みや追いはぎなどが横行、治安は悪化しました。

時代は攘夷(じょうい)運動の急進化、安政の大獄から桜田門外の変へとつながっていくことになります。

地震で鯰絵が売れた! ?

安政の大地震後を風刺した鯰絵(なまずえ)。普段は鹿島大明神が鯰を押えているが、地底の鯰が動くことで地震が起きる俗信に基づいて創られました。地震後、鯰絵は市中に氾濫し、約400種が出版されました。

時間の経過とともに鯰を歓迎する民衆が描かれるようになり、地震を起こす悪の鯰が世直しをする善の存在へと転換しました。

『東京のトリセツ』好評発売中!

地形、交通、歴史、産業…あらゆる角度から東京都を分析!

日本の各県の地形や地質、歴史、文化、産業など多彩な特徴と魅力を、地図を読み解きながら紹介するマップエンターテインメント。東京の知っているようで知られていない意外な素顔に迫ります。思わず地図を片手に、行って確かめてみたくなる情報を満載!

【見どころ】 Part.1 地図で読み解く東京の大地

・「低地」の下町と「台地」の山の手、 2つの地形で成り立つ東京
・多摩川によって作られた? 東京に広がる武蔵野台地
・昭島市はかつて海だった!? アキシマクジラ発見の衝撃
・御神火が生んだ島々、伊豆諸島の誕生と火山の関係
・実は立川市内にはない? 東京の活断層「立川断層」とは?
・玉川兄弟が江戸まで引いた ! 標高差わずか92mの玉川上水
・23区内は坂だらけ? 900以上の名前を持つ坂がある
・凸凹を考えて見てみるとおもしろい! スリバチ状の地形が点在する東京
・渋谷は谷が密集してできた街だった
・千鳥ヶ淵はダムだった !?
・荒川と隅田川に囲まれた低地はなぜできたのか? 海抜ゼロメートル地帯江東デルタ
・“荒ぶる川”荒川の流路付け替え
・地下の大宮殿!? 日原鍾乳洞
・火山活動で誕生した島々の進化の歴史 、小笠原諸島の成り立ち
…etc.

【見どころ】Part.2 東京を駆け抜ける鉄道網・交通網

・海の中を走る鉄道だった!? 日本初の鉄道が新橋~横浜で開通
・馬車鉄道から始まった東京の都市交通機関、60年にわたる路面電車の活躍
・日本の発展を支えた100年。帝都の玄関口、東京駅開業
・関東大震災以降、東京は郊外へと拡がった。田園調布の開発と私鉄の発展
・地下鉄は銀座線から始まった/東京地下迷宮! 幻のホームとは!?
・64年東京五輪のレガシー “夢の超特急”東海道新幹線開通!
・都電荒川線が唯一存続した理由
・新宿駅がビッグターミナルになるまで
・高尾山ケーブルカーは日本一の急勾配!?
・五街道の起点となった日本橋
・勝鬨橋は幻の万博のために作られた
・首都高速の誕生と未来/東京の交通網の未来予想図
…etc.

【見どころ】Part.3 東京で動いた歴史の瞬間

・天之手力雄命と菅原道真公を祀る 古代に創建された湯島天満宮
・片田舎の武蔵野は関東随一の大国だった
・文武両道の才人、太田道灌が江戸城を築城
・八王子城の落城と戦国時代の終焉
・江戸幕府開府と家光で完成した大都市
・迫られる外交方針 ! 徳川家光が定めた「鎖国」体制
・江戸を襲った明暦の大火
・江戸を恐怖の底に陥れた安政の大地震
・徳川慶喜の思惑が外れた大政奉還
・中央集権国家の誕生へ ! 東京の誕生と廃藩置県
・大久保利通暗殺、紀尾井坂の変
・江戸本所生まれ、郷土の偉人 勝海舟の波乱の人生を追う
・関東大震災 被害と復興
・“玉砕の島”硫黄島の悲劇
・条件降伏と玉音放送
・東京裁判とスガモプリズン
・敗戦から19年目の東京五輪
・学生たちは何を求めて闘ったのか? 東大紛争と安田講堂事件
・三島由紀夫、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決
…etc.

【見どころ】Part.4 東京で生まれた産業・文化

・吉原遊廓は文化サロンの一面も!?
・大衆文化の頂点に立った江戸歌舞伎
・開国要求への抵抗!「お台場」の由来は幕末にあった
・西洋スタイルの銀座煉瓦街が誕生
・日本初の第一国立銀行は日本橋で誕生した
・一丁倫敦と呼ばれた丸の内 職人が手作業で組み立てた東京タワー
・神田から始まった日本の近代下水道モデル
・都営白鬚東アパートは巨大防火壁だった!
…etc.

『東京のトリセツ』を購入するならこちら

まっぷるトラベルガイド編集部は、旅やおでかけが大好きな人間が集まっています。
皆様に旅やおでかけの楽しさ、その土地ならではの魅力をお伝えすることを目標に、スタッフ自らの体験や、旅のプロ・専門家への取材をもとにしたおすすめスポットや旅行プラン、旅行の予備知識など信頼できる情報を発信してまいります!

エリア

トップ > カルチャー >  関東 > 東京都 >

この記事に関連するタグ