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【濡須口の戦い】弱体化した呉を狙った曹丕が敗退、蜀呉同盟復活の契機となる

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2021年12月14日

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【濡須口の戦い】弱体化した呉を狙った曹丕が敗退、蜀呉同盟復活の契機となる

曹操(そうそう)に次いで劉備(りゅうび)が白帝城(はくていじょう)に没し、三国の争いの中心は蜀の諸葛亮(しょかつりょう)へと移っていきます。

劉備からその子・劉禅(りゅうぜん)と漢王朝再興を託された諸葛亮は国力の回復に尽力すると、速やかに呉と同盟を結び直し、225年、たびたび反乱を起こしていた南中を自ら大軍を率いて平定します。

後顧の憂いを断った諸葛亮は蜀漢の悲願である漢王朝復興のため、劉禅に自らの決意をしたためた「出師(すいし)の表(ひょう)」を奉り、魏討伐に出陣しました。以後、五次にわたる北伐が行なわれることとなります。

呉は、陸遜指揮のもと曹丕の3路からの侵攻をすべて撃退。この間に孫権は蜀との同盟を復活させ、戦後、独自の元号を定めて独立の姿勢を示しました。

【濡須口の戦い】魏軍が大挙して呉討伐へ

陸遜(りくそん)の活躍により夷陵(いりょう)の戦いに勝利した呉軍でしたが、劉備(りゅうび)が逃げ込んだ白帝城(はくていじょう)までは追撃していません。これは、魏(ぎ)の動向を警戒したからです。呉は魏に対して一応臣従の形をとって夷陵の戦いに臨んでいますが、互いに侵攻する機会を窺っていたのです。

事実、蜀呉の戦いを見た魏帝・曹丕(そうひ)は、呉が人質を送らないことを理由に、222年9月に洞口(どうこう)、濡須口(じゅしゅこう)、江陵(こうりょう)の3拠点へ大軍を南下させ呉に侵攻してきたのです。

孫権(そんけん)はまず洞口に呂範(りょはん)を派遣し魏軍を迎え撃たせます。

洞口では暴風雨に襲われ両軍ともに被害を受けるなか、呉軍は必死の防戦を展開し、かろうじて洞口の防衛に成功しました。

【濡須口の戦い注目の武将】孫権とはどんな武将?

19歳で兄孫策(そんさく)の跡を継ぎ、曹操(そうそう)の南下に際しては周瑜(しゅうゆ)の主戦論を入れて、見事勝利を得て呉の独立を確立しました。魯粛(ろしゅく)が説く劉備の荊州(けいしゅう)領有を承認するも、劉備の勢力拡大を受けて曹操に接近し、荊州奪還を成功させました。229年、呉の皇帝として即位。晩年は後継者争いに苦悩しました。

【濡須口の戦い】曹丕を撃退した呉軍

そして翌年、戦役の帰趨(きすう)を決する濡須口の戦いが起こります。この戦いでは当初、魏の大将・曹仁(そうじん)の陽動作戦を受けて、兵力を二分された呉軍でしたが、呉の朱桓(しゅかん)が兵を取りまとめて逆に敵を分散させる見事な采配を発揮します。そして曹仁の子曹泰(そうたい)の陣営を焼き払い、魏軍を撃ち破ったのです。

一方江陵では、呉の朱然(しゅぜん)が江陵城に籠り、半年以上も5000の兵でこれを守り切ります。やがて魏軍は疫病の蔓延と長江の増水により撤退。こうして呉軍は蜀軍の侵攻に続き、三路の魏軍を撃退することに成功したのです。

戦後、これに自信を得た孫権は独自の元号を定めて独立の姿勢を示しました。

【濡須口の戦い】三国志演義では?

曹丕は三路侵攻を前に、賈詡(かく)と劉曄(りゅうよう)に「今はその時ではない」と決行を諌められています。それでも呉侵攻を強行し、敗報が次々に届くなか、「かかる名将があってはまだ滅ぼすことはできぬ」と、後悔の言葉を吐くのでした。

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【見どころ】目次より一部抜粋

■序章 三国志とはなにか?
【『三国志』と『三国志演義』】三国志といっても正史と演義のふたつが存在する
【日本人と三国志】江戸時代に始まる日本の三国志ブーム
【名士の社会】三国志の争いに大きな影響を与えた人々

■第1章 曹操の華北制覇
【黄巾の乱】太平道の張角が信徒を率いて蜂起! 群雄割拠の時代が幕を開ける
【董卓の死】子飼いの将に裏切られ命を落とした暴君
【呂布追討】呂布に徐州を奪われた劉備、曹操とともに呂布を討つ ほか
~コラム~くらべて楽しむ三国志
董卓の死/曹操・劉備・孫権の人物像

■第2章 三国時代のはじまり
【三顧の礼】荊州にて不遇の日々を送る劉備、諸葛亮と出会う
【赤壁の戦い】業火が曹操の水軍を焼き尽くした三国志最大の戦い
【樊城の戦い】樊城を陥落寸前まで追い詰めた関羽、呉の寝返りにより麦城に散る!
【曹操の死】曹操の死と曹丕の即位が三国時代の幕を開ける ほか
~コラム~くらべて楽しむ三国志
三顧の礼/諸葛亮と周瑜の角逐/錦馬超/『孟徳新書』/関帝信仰

■第3章 諸葛亮の北伐
【曹丕の南征】弱体化した呉を狙うも敗退し、蜀呉同盟復活の契機となる
【第一次北伐】劉備の念願をかなえるべく、諸葛亮が長安攻略を目指す
【第五次北伐】魏の持久戦術に成す術なく、五丈原で諸葛亮の命が尽きる

■終章 三国時代の終焉
【蜀の滅亡】厭戦気分の高まる蜀になだれ込み、成都を強行軍によって占領した魏
【魏の滅亡】司馬氏に乗っ取られた魏、禅譲によって晋に取って代わられる
【呉の滅亡】暴君・孫晧の悪政に付け込んで一斉に晋軍が侵攻 ほか

監修者紹介

渡邉義浩(わたなべよしひろ)
1962年生まれ。筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科史学専攻修了。早稲田大学文学学術院教授。専門は中国古代思想史。文学博士。主な著書に『三国志事典』(大修館書店)、『「三国志」の政治と思想 史実の英雄たち』(講談社)、『三国志 演義から正史、そして史実へ』(中公新書)などがある。

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