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【石亭の戦い】周魴の罠にはまった曹休軍に呉軍が大打撃を与える

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2021年12月14日

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【石亭の戦い】周魴の罠にはまった曹休軍に呉軍が大打撃を与える

曹操(そうそう)に次いで劉備(りゅうび)が白帝城(はくていじょう)に没し、三国の争いの中心は蜀の諸葛亮(しょかつりょう)へと移っていきます。

劉備からその子・劉禅(りゅうぜん)と漢王朝再興を託された諸葛亮は国力の回復に尽力すると、速やかに呉と同盟を結び直し、225年、たびたび反乱を起こしていた南中を自ら大軍を率いて平定します。

後顧の憂いを断った諸葛亮は蜀漢の悲願である漢王朝復興のため、劉禅に自らの決意をしたためた「出師(すいし)の表(ひょう)」を奉り、魏討伐に出陣しました。以後、五次にわたる北伐が行なわれることとなります。

周魴の罠にはまった曹休軍に呉軍が大打撃を与えます。

【石亭の戦い】7通もの手紙を出して内応を約束した周魴

蜀の北伐に合わせて同盟国の呉は228年、揚州(ようしゅう)北部の穀倉地である淮南(わいなん)郡を魏から奪回するため動き出します。

孫権が鄱陽(はよう)太守の周魴(しゅうほう)に曹一族で揚州牧である曹休(そうきゅう)を石亭(せきてい)までおびき出すよう命令を下します。これを受けて周魴は曹休に内応したと見せかけておびき出す策を実行に移しました。

彼は7通もの手紙を曹休に送って内応を信用させたのです。

【石亭の戦い注目の武将】周魴とはどんな武将?

石亭の戦いで呉軍が曹休を破る勝利の立役者となった人物。山越(さんえつ)を扇動し、呉への侵攻を図る曹休に対して偽降を仕掛け、石亭への誘引に成功しました。戦後は反乱鎮圧に功績を挙げるなどしています。

【石亭の戦い】魏軍に大きな打撃を与えて呉軍が圧勝

周魴の投降を信じ切った曹休は、曹丕(そうひ)の子・曹叡(そうえい)(明帝(めいてい))の命令を得て、10万の兵を率いて呉に向けて出陣しました。

ところが周魴との合流地点に至るも彼は現れません。

だまされたと悟った曹休軍を、待ち構えていた陸遜らが三方向から6万の大軍で攻め立てます。

曹休軍は呉軍の猛攻に耐えきれず、曹休が逃げ出すのが精いっぱいでした。これが魏軍が1万人の戦死者、捕虜を出す大惨敗となった石亭(せきてい)の戦いです。

この勝利を機に翌年の229年、孫権は皇帝の位に昇ることを宣言し、呉を建国します。

漢王室の後継を自負する蜀にとって孫権の即位は受け入れ難いものでしたが、諸葛亮(しょかつりょう)は魏と対抗するため、呉との同盟強化を優先し、これを承認します。

一方、大敗を喫した曹休は明帝に謝罪して慰撫(いぶ)されますが、まもなく失意のうちに没しています。

【石亭の戦い】三国志演義では?

周魴は7通の手紙を送った上で、曹休を皖城(かんじょう)に迎えて面会しており、疑いをかける曹休の前で髻を切って潔白を訴えています。さらに皖城を曹休軍が発つ際には先導となって進軍し、石亭へと曹休軍を誘引。ここで行方をくらましています。

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【見どころ】目次より一部抜粋

■序章 三国志とはなにか?
【『三国志』と『三国志演義』】三国志といっても正史と演義のふたつが存在する
【日本人と三国志】江戸時代に始まる日本の三国志ブーム
【名士の社会】三国志の争いに大きな影響を与えた人々

■第1章 曹操の華北制覇
【黄巾の乱】太平道の張角が信徒を率いて蜂起! 群雄割拠の時代が幕を開ける
【董卓の死】子飼いの将に裏切られ命を落とした暴君
【呂布追討】呂布に徐州を奪われた劉備、曹操とともに呂布を討つ ほか
~コラム~くらべて楽しむ三国志
董卓の死/曹操・劉備・孫権の人物像

■第2章 三国時代のはじまり
【三顧の礼】荊州にて不遇の日々を送る劉備、諸葛亮と出会う
【赤壁の戦い】業火が曹操の水軍を焼き尽くした三国志最大の戦い
【樊城の戦い】樊城を陥落寸前まで追い詰めた関羽、呉の寝返りにより麦城に散る!
【曹操の死】曹操の死と曹丕の即位が三国時代の幕を開ける ほか
~コラム~くらべて楽しむ三国志
三顧の礼/諸葛亮と周瑜の角逐/錦馬超/『孟徳新書』/関帝信仰

■第3章 諸葛亮の北伐
【曹丕の南征】弱体化した呉を狙うも敗退し、蜀呉同盟復活の契機となる
【第一次北伐】劉備の念願をかなえるべく、諸葛亮が長安攻略を目指す
【第五次北伐】魏の持久戦術に成す術なく、五丈原で諸葛亮の命が尽きる

■終章 三国時代の終焉
【蜀の滅亡】厭戦気分の高まる蜀になだれ込み、成都を強行軍によって占領した魏
【魏の滅亡】司馬氏に乗っ取られた魏、禅譲によって晋に取って代わられる
【呉の滅亡】暴君・孫晧の悪政に付け込んで一斉に晋軍が侵攻 ほか

監修者紹介

渡邉義浩(わたなべよしひろ)
1962年生まれ。筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科史学専攻修了。早稲田大学文学学術院教授。専門は中国古代思想史。文学博士。主な著書に『三国志事典』(大修館書店)、『「三国志」の政治と思想 史実の英雄たち』(講談社)、『三国志 演義から正史、そして史実へ』(中公新書)などがある。

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