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【合肥新城の戦い】諸葛亮の中原回復の希望を頓挫させた呉の失態

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2021年12月14日

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【合肥新城の戦い】諸葛亮の中原回復の希望を頓挫させた呉の失態

曹操(そうそう)に次いで劉備(りゅうび)が白帝城(はくていじょう)に没し、三国の争いの中心は蜀の諸葛亮(しょかつりょう)へと移っていきます。

劉備からその子・劉禅(りゅうぜん)と漢王朝再興を託された諸葛亮は国力の回復に尽力すると、速やかに呉と同盟を結び直し、225年、たびたび反乱を起こしていた南中を自ら大軍を率いて平定します。

後顧の憂いを断った諸葛亮は蜀漢の悲願である漢王朝復興のため、劉禅に自らの決意をしたためた「出師(すいし)の表(ひょう)」を奉り、魏討伐に出陣しました。以後、五次にわたる北伐が行なわれることとなります。

諸葛亮の中原回復の希望を頓挫させた呉の失態。

合肥新城に苦戦する呉軍

諸葛亮(しょかつりょう)が5次にわたる北伐(ほくばつ)を続けていた頃、蜀との同盟を復活させた呉の孫権(そんけん)は、何度も魏領の最前線・合肥(がっぴ)に侵攻するも攻略しきれていませんでした。

233年にも孫権自らが合肥に攻め込んでいます。ところが合肥を守る満寵(まんちょう)は、合肥城を長江沿いから河岸から離れた合肥新城へと移していました。

そのため水上からの攻撃ができなくなった孫権は、上陸して攻め込みますが、魏軍の伏兵に攻撃され、敗退してしまいます。

【合肥新城の戦い注目の武将】満寵とはどんな武将?

兗州で曹操に仕え、汝南太守などを歴任。関羽(かんう)の樊城(はんじょう)攻めの際には曹仁を助けて防衛に貢献しました。明帝時代には合肥の防衛を担当し、その際、江湖に近いという合肥城の欠点を指摘して合肥新城を築き、同地で孫権を撃退することに成功しました。

合肥新城へ自ら向かった孫権も曹叡の大軍に押され退散

翌234年、諸葛亮の5回目の北伐に呼応して、孫権は10万の大軍でもって再び合肥に侵攻します。

孫権自ら合肥新城へ向かい、陸遜(りくそん)諸葛瑾(しょかつきん)を江夏(こうか)へ、孫韶(そんしょう)と張承(ちょうしょう)を淮陰へと派遣して3方向から攻撃し、魏軍を圧倒します。

用意周到な呉軍に魏軍は苦戦を強いられますが、なんとここで明帝(めいてい)(曹叡(そうえい))自らが大軍を率いて出陣しました。

司馬懿率いる魏軍の主力は、長安方面で諸葛亮と対峙して動けないと考えた呉にとっては大きな誤算でした。

反対にこの報を受けた魏軍は勢いを盛り返し、形勢が一気に逆転します。

満寵は新城に駆け付け、風上から呉軍の武器を焼き払って孫権の甥である孫泰(そんたい)も討ち取る戦果をあげます。さらに明帝率いる大軍が迫ると、もはや孫権も引き揚げざるを得ませんでした。

【合肥新城の戦い】三国志演義では?

反乱を起こした蜀の魏延は、劇的な死を遂げます。楊儀が諸葛亮の指示に従って魏延に「『誰かわしを殺す勇気のある者がおるか』と3度叫ぶことができたら漢中を譲ってやる」と告げます。魏延がそうひと声叫ぶと、諸葛亮の密命を受けていた馬岱が魏延を背後から斬殺したのでした。

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【見どころ】目次より一部抜粋

■序章 三国志とはなにか?
【『三国志』と『三国志演義』】三国志といっても正史と演義のふたつが存在する
【日本人と三国志】江戸時代に始まる日本の三国志ブーム
【名士の社会】三国志の争いに大きな影響を与えた人々

■第1章 曹操の華北制覇
【黄巾の乱】太平道の張角が信徒を率いて蜂起! 群雄割拠の時代が幕を開ける
【董卓の死】子飼いの将に裏切られ命を落とした暴君
【呂布追討】呂布に徐州を奪われた劉備、曹操とともに呂布を討つ ほか
~コラム~くらべて楽しむ三国志
董卓の死/曹操・劉備・孫権の人物像

■第2章 三国時代のはじまり
【三顧の礼】荊州にて不遇の日々を送る劉備、諸葛亮と出会う
【赤壁の戦い】業火が曹操の水軍を焼き尽くした三国志最大の戦い
【樊城の戦い】樊城を陥落寸前まで追い詰めた関羽、呉の寝返りにより麦城に散る!
【曹操の死】曹操の死と曹丕の即位が三国時代の幕を開ける ほか
~コラム~くらべて楽しむ三国志
三顧の礼/諸葛亮と周瑜の角逐/錦馬超/『孟徳新書』/関帝信仰

■第3章 諸葛亮の北伐
【曹丕の南征】弱体化した呉を狙うも敗退し、蜀呉同盟復活の契機となる
【第一次北伐】劉備の念願をかなえるべく、諸葛亮が長安攻略を目指す
【第五次北伐】魏の持久戦術に成す術なく、五丈原で諸葛亮の命が尽きる

■終章 三国時代の終焉
【蜀の滅亡】厭戦気分の高まる蜀になだれ込み、成都を強行軍によって占領した魏
【魏の滅亡】司馬氏に乗っ取られた魏、禅譲によって晋に取って代わられる
【呉の滅亡】暴君・孫晧の悪政に付け込んで一斉に晋軍が侵攻 ほか

監修者紹介

渡邉義浩(わたなべよしひろ)
1962年生まれ。筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科史学専攻修了。早稲田大学文学学術院教授。専門は中国古代思想史。文学博士。主な著書に『三国志事典』(大修館書店)、『「三国志」の政治と思想 史実の英雄たち』(講談社)、『三国志 演義から正史、そして史実へ』(中公新書)などがある。

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