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宮城の遺跡は当時の豊かさを伝える!旧石器や縄文時代の暮らしぶりとは

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年1月15日

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宮城の遺跡は当時の豊かさを伝える!旧石器や縄文時代の暮らしぶりとは

風光明媚な松島には、約6000年前から縄文人が暮らしていたといわれています。
太平洋の魚、木の実や山菜。豊かな食物に恵まれて、人間の営みが続けられてきました。

宮城の遺跡:後期旧石器時代

宮城県内には約2万年前の新人類(ホモ・サピエンス)の足跡が残されています。

仙台市富沢(とみざわ)にある「地底の森ミュージアム」。 その地下には、発掘当時の遺構がそのまま保存されており、当時の樹木や暮らしなどを見てとれます。約2万年前といえば後期旧石器時代。

ところが不思議なことに県内では、より古い前期旧石器時代の遺跡が見つかっていません。

宮城の遺跡は捏造が発覚した過去がある

かつて、「神の手」と呼ばれた宮城県出身の研究者が、次々と前期旧石器時代の石器を発見しました。のちに、そのほとんどが捏造とわかり、上を下への大騒ぎ。一時は前期旧石器時代と特定された遺跡も、年代は白紙に戻されました。

突然に後期旧石器時代が出現するとは思われないので、ホモ・サピエンスはその前から宮城県域でも暮らしていたのでしょうが、捏造事件の後遺症は大きく、前期旧石器時代の遺構を再認定するには至っていません。

地底の森ミュージアム(仙台市富沢遺跡保存館)

住所
宮城県仙台市太白区長町南4丁目3-1
交通
地下鉄長町南駅から徒歩5分
料金
大人460円、高校生230円、小・中学生110円(仙台市縄文の森広場との共通入場券は大人490円、高校生280円、小・中学生150円、障がい者手帳持参で障がい者と介護者1名無料(障がい等級1~2級のみ))

宮城の遺跡:旧石器時代と縄文時代とを分けたのは土器

旧石器時代に続くのは縄文時代(約1万3000年前から約2300年前)です。時代の変化の背後には、常に技術革新があるといわれています。旧石器時代と縄文時代とを分けたのは、土器の登場でした。

木の実などの保存や煮炊きができるようになったことが、暮らしを変えたのです。

宮城の遺跡:松島湾付近に集中する貝塚

国内には、縄文時代の特徴である貝塚が約3000カ所あります。そのうち、宮城県内にあるのは約210カ所。そのうち約70カ所が松島湾付近に集中しているといわれています。

なかでも有名なのが、松島湾内の宮戸島にある国史跡「里浜(さとはま)貝塚」です。「奥松島縄文村歴史資料館」では、里浜貝塚など松島付近に点在する遺構を中心に、約6000年前から弥生時代に至るまでの縄文人の暮らしと文化を紹介しています。発掘された人骨から縄文人の顔も復元して展示。現代人と変わらぬ縄文人の心と暮らしを知れば、ゆるゆると愛着も湧いてきます。

貝塚では貝殻のほか、鳥や魚の骨なども発掘されています。そのほか、丁寧に埋葬された人骨や犬の骨なども発見されており、現在でいうゴミ捨て場とは少し意味合いが異なりそうです。もしかすると食物も含め、いのちあるものすべての葬送の場であり、再生を願う場であったのかもしれません。

縄文遺跡の分布

縄文遺跡の分布
『図説 宮城県の歴史』を元に作成

県内には、多数の貝塚が残されています。貝塚中の堆積層 それぞれに含まれる魚や鳥の種類から季節を特定することで、年間を通した縄文人の生活を復元することができます。

奥松島縄文村歴史資料館

住所
宮城県東松島市宮戸里81-18
交通
JR仙石線野蒜駅からタクシーで15分
料金
入館料=大人400円、高校生300円、小・中学生150円/(20名以上は団体割引適用可、身体障がい者手帳、療育手帳持参で割引あり)

松島湾の貝塚分布

松島湾の貝塚分布
『図説 宮城県の歴史』を元に作成

松島湾は、多くの貝塚が集中する貝塚の宝庫。国内では開発によって失われてしまった貝塚も多い中、貴重な縄文時代の遺産です。

宮城は山海の幸に恵まれた食の宝庫だった?

縄文人の多くは、関東・中部以北で暮らしていたといわれています。

北海道を含む東日本の植生は落葉広葉樹が中心で、山に分け入れば木の実のほか、ワラビやゼンマイなどの山菜も多く採れます。海や川で魚を捕り、山野で猪や鹿を狩り、春や秋には木の実や山菜を食べるのです。

最近の研究では、栗などの栽培が行われていた可能性もあるといわれています。縄文人は現代人よりも、バランスのとれた食生活を送っていたかもしれません。

食生活を中心に考えれば、宮城県で縄文遺跡が多く見られるのは当然ともいえます。宮城県は太平洋に面し、大きな川がいくつもあり、その川によって肥沃な仙台平野ができ、背後にはいくつもの里山や高山があります。食ということに関しては、これほど恵まれた土地はないでしょう。

宮城の遺跡からは県土の豊かさが見えてくる

縄文時代から弥生時代、東北屈指の規模を誇る前方後円墳が築かれた古墳時代。そして、奈良時代から戦国・江戸時代に至るまで、宮城県には常に規模の大きいムラや有力な豪族、そして、強力な武士団が存在していました。

県土の豊かさが、その背景にあることは、疑う余地もないでしょう。

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●地図で読み解く宮城の大地

・複雑な地形が美しい三陸と松島はどうやってできた?
・奈良の大仏のメッキには涌谷産の金が使われていた!
・県西部に連なる火山群と数々の温泉地の関係とは、荒れ狂う北上川が舟運路に!
・伊達政宗が始めた一大治水事業、暗渠化した四ツ谷用水をたどると見えてくる伊達政宗の町づくり
・「杜の都」の由来となった森はいったいどこにある?
・東京駅丸の内駅舎に使われた雄勝石をめぐる波乱のドラマ

などなど宮城のダイナミックな自然のポイントを解説。

●宮城に開かれた道の歴史

・東北中の人々が旅した奥州街道!その繁栄を支えた宿場の光と影
・険しい奥羽山脈を越えて宮城と山形を結んだ道の歴史
・海運時代の幕開けとともに活発化した阿武隈川の舟運とは?
・野蒜港計画とともに消えた幻の巨大運河ネットワーク構想
・東北新幹線が仙台駅前後で不自然に蛇行する理由とは?
・東京メトロより古い 日本初の地下路線があった仙石線

などなど、意外と知られていない宮城の交通トリビアを厳選してご紹介。

●宮城で動いた歴史の瞬間

・宮城の豊かさを伝える旧石器や縄文の遺跡が各地に!
・東北最大の雷神山古墳が示す仙台・名取の有力豪族
・東北支配の拠点となった陸奥国郡山官衙と多賀城
・藤原家三代秀衡が陸奥守に就任・宮城の地も藤原家の統治下に
・室町時代に権勢を誇った大崎氏・名生館の屋敷で伊達氏らが拝謁
・敵を寄せ付けぬ天然の要害 正宗の拠点・仙台城が完成
・伊達62万石を揺るがせた伊達騒動の顛末を追う
・元禄バブル崩壊で財政危機!5代吉村が改革に乗り出した
・飛行隊基地に陸軍駐屯所など軍都としても栄えた宮城県

などなど、興味深いネタに尽きない宮城の歴史。知れば知るほど宮城の歴史も面白い。

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