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三陸海岸のリアス海岸や松島はどうやってできた?宮城県の複雑な地形美のひみつ

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年1月13日

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三陸海岸のリアス海岸や松島はどうやってできた?宮城県の複雑な地形美のひみつ

古くから好漁場あるいは景勝地として知られてきた三陸海岸と松島。
その荒々しい独特の景観は、地殻変動や海面の上昇の産物でした。

三陸海岸の地形「リアス海岸」とは

宮城県北部の海岸部を地図で見てみると、ノコギリ状にギザギザと複雑に入り組んだ海岸線が目に付きます。これは「リアス海岸」と呼ばれる地形です。

リアス海岸とは、スペインのガリシア地方にあるこうした入り江の名称である「リア(ría)」からついた名前です。変動による地盤沈降や気候変動による海面の上昇で、海岸近くにあった山地が海に沈むことによって出現します。谷に海水が入り込んでできることから、「溺れ谷」と呼ばれることもあります。

三陸海岸の地形「リアス海岸」とは

三陸海岸は日本の代表的なリアス海岸!

北上山地の東岸を縁どる三陸海岸は、三陸復興国立公園に指定されています。そのうち、宮城県北部から岩手県宮古にかけての範囲は、日本で見られるリアス海岸のなかでも代表的なものです。荒々しく切り立った崖が織りなす独特の景観が美しく、巨釜・半造など景勝地として人気のスポットもたくさんあります。

三陸海岸の北部の海岸線は出入りが小さめ

これに対して、三陸海岸北部(岩手県宮古以北)は、南部と比較して海岸線の出入りは小さく、海に面する断崖が美しい風景を見せてくれます。

北上山地南部の地形をつくった地殻変動による隆起

北上山地南部は、前期白亜紀(1億4000万~1億2000万年前)の地殻変動で隆起して陸地になりました。それ以前は浅い海であり、アンモナイトなどの化石の産地として知られます。

松島の複雑な地形「多島海」とは

一方、日本三景の一つに数えられる松島は、広さ約36㎢の湾内に260ほどの島々が浮かぶ海域です。このように、多くの島が点在する海域は「多島海」と呼ばれます。
多島海もリアス海岸と同様に、海に対し山地が相対的に沈降することによってできる地形です。沈水が進んで山地のほとんどが海中に沈むことで、水面から顔を出した山頂部が島となり、多島海を形成したのです。

松島をつくった海面上昇

松島湾の多島海は、陸地の沈降ではなく海面の上昇によって形成されました。
今から2万年前の氷河期には海面がおよそ100m低く、海岸線はおよそ50km沖合にありました。氷河期が終わり温暖化すると海面は急速に上昇し、約6千年前には、ほぼ現在の高さ(0m)に到達しました。この寒冷な時期から温暖な時期への地球環境の変化が100mの海面上昇をもたらし、松島湾の沈降の原因となりました。

約9000年前の松島湾では、海面は現在の高さを基準にすると-30mまで上昇し、海はしだいに現在の湾内に侵入。島々の多くはまだ陸続きでした。8000年前を過ぎると海面は-10mまで上昇して島々は次第に分断され、そして約6000年前には海面が現在の高さに到達。水没をまぬがれた峰が島として残り、多島海が完成しました。湾内の穏やかな海と湾の外に広がる豊かな外海の恵みに支えられ、貝塚や人の営みの痕跡が数多く残ります。

松島をつくった海面上昇
松島をつくった海面上昇

小さな島がたくさん浮かぶ松島の風景。

松島湾内は波の少ない穏やかな浅海

松島湾内は、平均水深約2~3mと浅く、波の少ない穏やかな海となっています。こうした特徴を生かし浅海養殖業が盛んに行われています。特に、名産として知られる牡蠣は、1600年代から養殖が始められていたといいます。

三陸海岸と松島

三陸海岸と松島
国土地理院色別標高図を元に作成

三陸地方では、海のすぐ近くまで山が迫っているのがわかります。

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●地図で読み解く宮城の大地

・複雑な地形が美しい三陸と松島はどうやってできた?
・奈良の大仏のメッキには涌谷産の金が使われていた!
・県西部に連なる火山群と数々の温泉地の関係とは、荒れ狂う北上川が舟運路に!
・伊達政宗が始めた一大治水事業、暗渠化した四ツ谷用水をたどると見えてくる伊達政宗の町づくり
・「杜の都」の由来となった森はいったいどこにある?
・東京駅丸の内駅舎に使われた雄勝石をめぐる波乱のドラマ

などなど宮城のダイナミックな自然のポイントを解説。

●宮城に開かれた道の歴史

・東北中の人々が旅した奥州街道!その繁栄を支えた宿場の光と影
・険しい奥羽山脈を越えて宮城と山形を結んだ道の歴史
・海運時代の幕開けとともに活発化した阿武隈川の舟運とは?
・野蒜港計画とともに消えた幻の巨大運河ネットワーク構想
・東北新幹線が仙台駅前後で不自然に蛇行する理由とは?
・東京メトロより古い 日本初の地下路線があった仙石線

などなど、意外と知られていない宮城の交通トリビアを厳選してご紹介。

●宮城で動いた歴史の瞬間

・宮城の豊かさを伝える旧石器や縄文の遺跡が各地に!
・東北最大の雷神山古墳が示す仙台・名取の有力豪族
・東北支配の拠点となった陸奥国郡山官衙と多賀城
・藤原家三代秀衡が陸奥守に就任・宮城の地も藤原家の統治下に
・室町時代に権勢を誇った大崎氏・名生館の屋敷で伊達氏らが拝謁
・敵を寄せ付けぬ天然の要害 正宗の拠点・仙台城が完成
・伊達62万石を揺るがせた伊達騒動の顛末を追う
・元禄バブル崩壊で財政危機!5代吉村が改革に乗り出した
・飛行隊基地に陸軍駐屯所など軍都としても栄えた宮城県

などなど、興味深いネタに尽きない宮城の歴史。知れば知るほど宮城の歴史も面白い。

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