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仙台藩のキリスト教信仰は製鉄を隠れ蓑にして広まった! 写真:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年1月14日

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仙台藩のキリスト教信仰は製鉄を隠れ蓑にして広まった!

岩手県境に位置する登米市東和町の米川地区では、毎年6月にキリシタンの里まつりが開催されています。
キリシタンが集まり、のちに殉教地となった背景に迫ります。

仙台藩の製鉄推奨地域とキリスト教

登米市東和町の米川地区は本吉町馬籠(まごめ)町(気仙沼市)、藤沢町(岩手県一関市)とともに鉱山地帯で、伊達政宗が製鉄を推奨した地域でした。1558(永禄元)年には、備中(岡山県)よりキリシタンであった布留(千松)大八郎・小八郎の兄弟技師を招き、西洋流の最新の製鉄技術が伝えられました。

キリスト教と製鉄の関係とは?

製鉄所は炯屋(どうや)と呼ばれ、従来の方法の数倍の生産力がある南蛮流製鉄法「たたら式」が伝授されました。その際、唱えると鉄がよく溶けるというまじないも教わりました。このまじないこそが、キリスト教の祈りの言葉であったと考えられています。

宮城の刀工

古くから製鉄を行ってきた宮城には、今も伝統的な鉄工の技が残っています。

県内には3人の刀工がおり、その1人の九代目法華三郎信房(ほっけさぶろうのぶふさ)氏は日本の刀工で唯一、山城大掾国包(やましろだいじょうくにかね)の流れをくむ大和伝保昌派(やまとでんほうしょうは)の刀を鍛造していると言われています。大和伝保昌派は、奈良の地で完成しましたが、平安時代に奥州藤原氏の武器調達を支えた鍛冶集団の一つがルーツになっているという説があります。

加美町の中新田打刃物(なかにいだうちはもの)は、仙台藩の刃匠・舟野五郎兵衛が創始したと伝わる県指定の伝統的工芸品。日本刀と同じ製法で作られ、抜群の切れ味を誇ります。

仙台藩・伊達政宗がキリシタンに寛容だった理由

この地域で作られた鉄は仙台城の築城にも使われたほか、秀吉の命で大坂城に2400貫(9000㎏)を送っており、鉄は仙台藩の重要な産物となっていきました。

江戸幕府は1612(慶長17)年に直轄領で、2年後に全国でキリスト教禁教令を出しましたが、政宗はキリシタンには寛容だったため、弾圧が激しい西日本から多くの信徒や神父が領内の鉱山地帯に逃れてきたといいます。鉄砲や農具に使用する鉄を確保するため、製鉄を保護したかったという向きもあります。

さらに政宗は、1613(慶長18)年、領内でのキリスト教布教容認と引き換えにイスパニア(スペイン)との貿易を求めて、イスパニア国王とローマ教皇のもとに支倉常長ら遺欧使節団を派遣しています。

仙台藩でもキリスト教が禁止に

しかし、常長が帰国した1620(元和6)年には仙台領内でも禁教令が出され、1624(元和10)年2月、仙台の広瀬川でカルバリヨ神父ら9人が殉教しました。仙台大橋のたもとに立つ「仙台キリシタン殉教碑」には、この事実が記されています。

そして、1639(寛永16)年から翌年にかけては大籠(おおかご)(岩手県一関市藤沢町)や狼河(おいのかわら)原村(現・登米市)で大弾圧があり、数百人が殉教しました。

隠れキリシタンとして信仰を続けた炯屋の人々

炯屋で働く人々は、弾圧にも屈せず、隠れキリシタンとして信仰を続けましたが、亨保年間(1716~1736)には海無沢(かいなしさわ)で120人が仙台藩により処刑されました。遺体が老(おい)の沢、海無沢、朴(ほう)の沢の3カ所に経典とともに埋葬されたことから、これらの場所は三経塚(さんきょうづか)と呼ばれています。

現在では海無沢だけが原形をとどめていますが、1954(昭和29)年に古文書が発見されるまでは、この地が殉教の地であることは明るみに出ていませんでした。

三経塚のそばにある米川カトリック教会は、こうした背景を受けて献堂されたものです。内部では、宗門改帳や十字架石などの遺物が公開されています。

隠れキリシタンの里

隠れキリシタンの里
『仙台藩ものがたり』を元に作成

沿岸部と登米を結ぶ道中にある、山あいの集落。ここに多くのキリシタンが集まり、製鉄に従事していました。

仙台藩の隠れキリシタンの歴史を伝えるまつり

また、1973(昭和48)年8月には、大柄沢(おおがらさわ)キリシタン洞窟が発見されました。高さ1.3m、奥行10mほどの洞窟で、スペイン人神父・バラヤスが潜伏していた期間、この地域の信者のミサをあげるために造られたとされています。

1982(昭和57)年には、米川カトリック教会と信徒会が「経塚殉教祭」として野外ミサを行いました。その後、「米川キリシタンまつり」、「キリシタンの里まつり」と名前を変え、現在は毎年6月に開催されています。この地の隠れキリシタンの歴史や文化が垣間見られる行事となっています。

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