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『奥の細道』の宮城県内の風景をめぐる~俳人・松尾芭蕉の足跡をたどる「おくのほそ道の風景地」~

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年4月21日

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『奥の細道』の宮城県内の風景をめぐる~俳人・松尾芭蕉の足跡をたどる「おくのほそ道の風景地」~

松尾芭蕉がおくのほそ道の旅に出てから約330年。
伊達の大木戸(おおきど)を越えて宮城に入り、尿前(しとまえ)の関から山形に出るまでの旅の行程をたどります。

※は国指定の名勝「おくのほそ道の風景地」に選ばれています。「おくのほそ道の風景地」は、『おくのほそ道』に登場する優れた風致景観を保護するため25カ所を指定しており、宮城県では最多の7カ所が指定されています。

『奥の細道』は宮城県とゆかりが深い

1689(元禄2)年、松尾芭蕉が門人の曾良(そら)を伴い、陸奥・北陸の歌枕の縁の地を訪ね、大垣に至る旅に出ました。約2400km、約150日におよぶ長旅でした。

この旅路の記録は、のちに紀行文学の傑作である「おくのほそ道」としてまとめられ、現在まで読み継がれています。書名は、仙台から壺碑へ向かう道中を描写した「おくのほそ道の山際に十符の菅有」という文章からきているともいわれ、宮城県とのゆかりも深くなっています。

『奥の細道』は宮城県とゆかりが深い
『図説 宮城県の歴史』を元に作成

『奥の細道』の宮城県内の名所①:白石・笠島

深川を出た芭蕉と曾良は、埼玉、栃木を経て福島に入りました。白河の関、伊達の大木戸を越え、県境の鐙摺(あぶみずり)を通って、5月3日(現・6月19日)白石城下に到着。

西行法師も訪れた笠島の藤原実方の墓へ向かいましたが、雨でぬかるんだ道が歩きづらく疲労もたまっていたため、遠くから眺めるだけにとどまり(実際は武隈の松※を見た後に道を間違え、通り過ぎてしまったという説も)、「笠島はいづこ五月のぬかり道」と詠みました。

実方は光源氏のモデルとされていますが、天皇から陸奥守に任命され、左遷されました。ある日、笠島道祖神の前を通る際、馬から下りる習わしに背いたため、落馬して亡くなったといいます。

『奥の細道』の宮城県内の名所②:岩沼・武隈の松

岩沼まで歩みを進めて宿を取り、翌5月4日(現・6月20日)、武隈の松を訪れ、弟子が武隈の松を見られるようにと餞別に詠んだ句への返事として「桜より松は二木を三月越し」と詠みました。

そこから名取川を渡り、仙台に入って、4~5日滞在。俳諧に造詣の深い画工・加右衛門の案内で、宮城野の萩の名所、榴岡※、木の下・薬師堂※などの名所を巡りました。

加右衛門は餞別として、松島・塩竈の案内図と紺色の緒をつけた草鞋を送りました。これに対する感謝の気持ちを「あやめ草足に結ばん草鞋の緒」と詠みました。

『奥の細道』の宮城県内の名所③:多賀城跡~登米

5月8日(現・6月24日)、仙台を出た芭蕉は多賀城跡にある壺碑※、周辺に位置する野田の玉川沖の石(興井)※、末の松山※を訪ね、夕刻に塩竈に入って籬島※を望みました。翌朝には鹽竈神社を参拝し、船で松島へ向かいました。「扶桑第一」の絶景を前に一句も詠めなかったため、曾良の「松島や鶴に身をかれほととぎす」が載せられています。

雄島、瑞巌寺にも立ち寄って松島で一夜を明かし、翌5月10日(現・6月26日)、岩手の平泉に向けて出発しましたが、道を間違え石巻にたどり着き(石巻は当時も名高い漁港であったため、芭蕉の創作という説も)、日和山からまちを見渡しました。

翌朝、北上川を船で渡り、戸伊摩(現・登米市)で一泊し、平泉へ向かいました。登米市ではこの縁から「登米芭蕉祭俳句大会」を開催しており、2019年で68回を数えました。

『奥の細道』の宮城県内の名所④:岩手~山形

5月14日(現・6月30日)、山形へ向かうため、再び宮城の地を踏んだ芭蕉。岩出山で一泊して、小黒崎、美豆の小島を越え、鳴子温泉から尿前の関に向かいました。しかし、旅人が少ない場所柄、関守に怪しまれ、通過するために時間を要したといいます。

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・複雑な地形が美しい三陸と松島はどうやってできた?
・奈良の大仏のメッキには涌谷産の金が使われていた!
・県西部に連なる火山群と数々の温泉地の関係とは、荒れ狂う北上川が舟運路に!
・伊達政宗が始めた一大治水事業、暗渠化した四ツ谷用水をたどると見えてくる伊達政宗の町づくり
・「杜の都」の由来となった森はいったいどこにある?
・東京駅丸の内駅舎に使われた雄勝石をめぐる波乱のドラマ

などなど宮城のダイナミックな自然のポイントを解説。

●宮城に開かれた道の歴史

・東北中の人々が旅した奥州街道!その繁栄を支えた宿場の光と影
・険しい奥羽山脈を越えて宮城と山形を結んだ道の歴史
・海運時代の幕開けとともに活発化した阿武隈川の舟運とは?
・野蒜港計画とともに消えた幻の巨大運河ネットワーク構想
・東北新幹線が仙台駅前後で不自然に蛇行する理由とは?
・東京メトロより古い 日本初の地下路線があった仙石線

などなど、意外と知られていない宮城の交通トリビアを厳選してご紹介。

●宮城で動いた歴史の瞬間

・宮城の豊かさを伝える旧石器や縄文の遺跡が各地に!
・東北最大の雷神山古墳が示す仙台・名取の有力豪族
・東北支配の拠点となった陸奥国郡山官衙と多賀城
・藤原家三代秀衡が陸奥守に就任・宮城の地も藤原家の統治下に
・室町時代に権勢を誇った大崎氏・名生館の屋敷で伊達氏らが拝謁
・敵を寄せ付けぬ天然の要害 正宗の拠点・仙台城が完成
・伊達62万石を揺るがせた伊達騒動の顛末を追う
・元禄バブル崩壊で財政危機!5代吉村が改革に乗り出した
・飛行隊基地に陸軍駐屯所など軍都としても栄えた宮城県

などなど、興味深いネタに尽きない宮城の歴史。知れば知るほど宮城の歴史も面白い。

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