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【茨城県の古代史】水に恵まれた茨城に人が定住し、やがて権力が生まれる

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年1月12日

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【茨城県の古代史】水に恵まれた茨城に人が定住し、やがて権力が生まれる

現在の関東平野には古代、「香取海」と呼ばれる内海が広がっていた。そして沿岸部には人々が住み着き、徐々に文化を育んでいくのであった。

茨城の古代史:旧石器時代

現在の日本列島で人類が生活をした痕跡をたどると、旧石器時代にまでさかのぼることができます。茨城県域では、上君田(かみきみた)遺跡(高萩市)や山方(やまがた)遺跡(常陸大宮市)に代表されるように、県北地方の開けた台地上に旧石器時代の遺跡が多く見つかっています。現在よりも海面が低く、大陸から列島までが地続きだった頃に、ナウマンゾウやオオツノジカを追って移動してきた狩猟民がこの地にたどり着いたのでしょう。大陸から伝播した細石刃(さいせきじん)が遺跡から出土していることが、そのことを物語っています。

ちなみに、大陸文化は北方(樺太(からふと)や北海道)と南方(九州や西日本)から日本列島に流入し、茨城は双方のコースが交わる地点でした。

茨城の古代史:縄文時代

やがて氷河期が終わって温暖化が進むと、世界的規模で海面が上昇します。これにより海面は現在よりもはるかに内陸まで入り込み、古代の関東平野には「香取の海」と呼ばれる広大な内海が出現します。霞ヶ浦、印旛沼(いんばぬま)、手賀沼(てがぬま)までがつながり、さらに香取海には鬼怒川が注いでいました。古代の茨城県域は、非常に豊かな水源をもつ土地でした。

温暖で四季の変化に富んだ自然環境のもとで、内海や河川流域に次第に人々が定住し、狩猟採集生活を行ったため、海岸には数多くの貝塚がつくられました。花輪台貝塚(北相馬郡利根町)、石畑遺跡(猿島郡五霞町)、城地貝塚(古河市)、森東貝塚(常陸太田市)などがその代表例として挙げられるでしょう。
このうち、花輪台貝塚からは、ヴィーナス型土偶が出土しています。この「花輪台のヴィーナス」は縄文早期のもので、同遺跡が存在した約9000~8000年前には縄文文化が花開いていたことがうかがえます。

茨城の古代史:弥生時代

県域に稲作を中心とする弥生文化が伝わったのは、紀元前100年~後100年頃のことです。弥生時代中期の女方(おざかた)遺跡(筑西市)や小野天神前遺跡(常陸大宮市)では再葬墓(さいそうぼ)が確認されています。再葬とは、遺体を一度埋葬して白骨化させたあと、改めて骨壺などに埋葬し直す埋葬方法で、とくに東日本を中心に広まった風習です。この時代に共同体が発展し、精神性や宗教的価値観を示す文化が発達していったのです。

村落共同体の規模が拡大すると、弥生時代後期には権力構造(政治的集団)が誕生します。権力者は古墳に葬られるようになり、畿内に興ったヤマト王権が東日本まで伸長してくると、舟塚山(ふなつかやま)古墳(石岡市)の首長のように、各地の首長はヤマト王権と関係を深めます。ヤマト王権はさらなる征夷策(東進)を進めるために中央集権化を進め、ヤマト王権の支配を受けた県域には常陸国(ひたちのくに)が成立。常陸国は、東進の前線拠点としての機能を果たしていくのでした。

もともと9つの国に分かれていたが、律令制が敷かれると領域が再編され、11郡からなる常陸国が成立した。『茨城県の歴史 第2版』(山川出版社、1997年)を元に作成。

茨城の古代史:総論

地理的な状況から、征夷を目的に東国に下向した者は現地で軍事貴族と化していき、それが武家となります。常陸国内では桓武平氏(かんむへいし)の流れを汲む常陸平氏と、河内源氏(かわちげんじ)の流れを汲む佐竹氏が台頭し、地域に根ざして勢力を拡大していきます。やがて武家は中央政権に抗うほどの力をもち、東国では平将門の乱が起きるのでした。

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【見どころ】 Part.1 地図で読み解く茨城の大地

・地形・地質総論 茨城県域の地質って?
・東の名峰・筑波山はもともと地下の巨大マグマの塊だった!?
・国内で2番目に大きい湖、霞ヶ浦はどのようにしてできた?
・壁面の岩に海底火山の証!名瀑・袋田の滝が誕生するまで
・平磯海岸の恐竜時代の地層から、アンモナイトや国内初のサメ化石!
・県南部で続々と化石発見! 茨城に生きたナウマンゾウ
・南北に約95m広がる大炭田、常磐炭田を生んだ地層と産業史

…などなど茨城のダイナミックな自然のポイントを解説

【見どころ】Part.2 茨城を駆け抜ける鉄道網・交通網

・特急「はつかり」「ひたち」が走る大幹線・常磐線
・第二常磐線構想で生まれたつくばエクスプレス
・奥久慈清流ラインの異名をもつ魅力あふれる水郡線
・めずらしい非電化通勤路線、関東鉄道常総線・竜ヶ崎線
・鹿島参宮鉄道に始まった、鹿島鉄道鉾田線の在りし日
・水戸~石岡を結ぶ計画も……幻の水戸電気鉄道とは?
・阿見線に加え谷田部線? 常南電気鉄道による幻の計画

…などなど茨城ならではの鉄道事情を網羅

【見どころ】Part.3 茨城で動いた歴史の瞬間

・水に恵まれた茨城に人が定住 権力が生まれる
・地方王権の誕生を示す県内最大の古墳・舟塚山古墳
・石岡に置かれた常陸国府とそれを取り巻く交通路の痕跡
・常陸で成長した武家の二大勢力 常陸平氏と佐竹氏
・源頼朝が佐竹氏・平氏討伐! 鎌倉御家人たちが入国
・長い不遇の時代を経て佐竹氏が常陸の覇者に返り咲く
・水戸で育った尊王攘夷思想 桜田門外の変や天狗党の乱に発展

…などなど、激動の茨城の歴史に興味を惹きつける

【見どころ】Part.4 茨城で育まれた産業や文化

・水戸藩に飲料水を運んだ地下水路・笠原水道
・東洋一の航空基地 霞ヶ浦海軍航空隊が置かれた街・阿見町
・2000万人超が来場した科学博、つくば万博の熱狂と跡地の変身
・鉱山開発と日立製作所の歴史
・原子力とともに歩んだ東海村の半世紀
・陸の孤島だった鹿島が臨海工業地帯になるまで
・野菜産出額日本一の街が茨城に!? 鉾田市で農業が盛んな理由とは

…などなど茨城の発展の歩みをたどる。

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