フリーワード検索

トップ > カルチャー >  関西 > 兵庫県 >

加古川は水運として江戸時代の兵庫の交通と物流の要だった! 画像:123RF

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年4月1日

この記事をシェアしよう!

加古川は水運として江戸時代の兵庫の交通と物流の要だった!

明治期に鉄道が普及するまで、物流では陸路よりも水運が活用されています。兵庫県内で最大の河川である加古川は、江戸時代の播磨の交通の要でした。

加古川の水運の歴史は飛鳥時代から

加古川は、粟鹿(あわが)山を水源とする佐さ治じ川に中流域で篠山川などが合流して形成されています。全長は約96km、流域面積は1730㎢と兵庫県の面積の5分の1以上です。

古くから加古川は水運に利用され、古代には水夫や船頭を「かこ」と呼んだので、加古川の名もそれに由来するなどといわれています。

飛鳥時代の7~8世紀、街道では30里(約16km)ごとに、馬による輸送と通信の拠点として駅家(うまや)が置かれました。加古川の河口にあった賀古(加古)の駅家(現在の加古川市野口町)は最大で40頭もの馬を配置し、その西の水駅(渡船場)では、常に2~4隻の川船を配置していたとされます。

加古川の水運は豊臣秀吉の時代から本格化

加古川を利用した交通網が本格的に整備されたのは16世紀末からです。豊臣秀吉が天下統一を果たして大坂に拠点を置くと、丹波や播磨の内陸から大坂への年貢米の輸送量が増え、山中の陸路を使うより水運のほうが輸送しやすいと判断されました。

1594年、秀吉の家臣である生駒玄蕃(いこまげんば)の命によって、加古川中流域の闘竜灘(とうりゅうなだ)(現在の加東市)より南で川底の岩石を取りのぞく作業が進められます。

闘竜灘は巨岩が大量に露出した難所なので、船から一度荷を降ろして滝野(たきの)まで運んでから、ふたたび船に載せなければなりませんでした。江戸時代に入ると、姫路藩主の池田輝政(てるまさ)が、闘竜灘より北でも川底の岩石を取りのぞいたり、下流の高砂で運河や船着場を整備を行いました。

加古川の水運で使用された高瀬舟と船主たち

加古川の水運に使用されたのは、平底で箱形の高瀬舟(たかせぶね)です。大きなものでは全長約11m、幅約2.4m、1艘(そう)の水夫は3人、最大で30石(約4.5t)の米を積載できました。江戸時代の後期には、加古川流域には37カ所の船着場があり、300艘の高瀬舟が運用されていたといわれています。米以外にも、シイタケやこんにゃく玉、菜種(なたね)など内陸で生産された農産物が輸送されました。

加古川の源流はけわしい山地の中にあります。
国土地理院標準地図を元に作成

中流部にも大きな岩石が多い。西脇市には東経135度と北緯35度が交差する「日本のへそ」があります。
国土地理院標準地図を元に作成

下流には流量を調節する可動堰(法律上の分類はダム)の加古川大堰があります。
国土地理院標準地図を元に作成

加古川水運は明治も活性化するも鉄道の開通で衰退

江戸時代の加古川の船主たちは、藩が定めた監督役の船座(せんざ)に収益の一部を上納しなければならず、船主の新規参入は制限され、運賃を自分で定めることもできませんでした。

明治維新後、船座が廃止されたため新規の船主が増加し、さらに闘竜灘の開削工事が進められたため、加古川の水運は活発化します。

しかし、1899年には阪鶴(はんかく)鉄道(のちのJR福知山線)が開通するなど、陸路の輸送網がしだいに発達し、大正期に入ると河川を利用した水運は衰退に向かいました。

遅れて発達した猪名川水運

江戸時代の前期、加古川より東の猪名川では、役人との結びつきが強い宿場町の馬借(ばしゃく)の意向により、川船の運航が制限されていました。しかし、伏見の水運業者の要請で1784年に制限が廃止されます。伊丹で酒造が活発化し、酒の輸送が増えたためです。

『兵庫のトリセツ』好評発売中!

日本の各県の地形や地質、歴史、文化、産業など多彩な特徴と魅力を、地図を読み解きながら紹介するマップエンターテインメント。兵庫県の知っているようで知られていない意外な素顔に迫ります。思わず地図を片手に、行って確かめてみたくなる情報を満載!

●地図で読み解く兵庫の大地

神戸市の背後にそびえる六甲山の誕生の秘密、新温泉町や香美町で体感する山陰海岸ジオパーク、明石市を通る標準子午線はじつは少しズレている、地形と地質からひもとく日本最古の名湯・有馬温泉、地形で読み解く高級住宅地「芦屋市六麓荘町」の魅力、芦屋川や住吉川など阪神間の河川に天井川が多い理由・・などなど兵庫のダイナミックな自然のポイントを解説。

●兵庫を走る充実の交通網

「神戸線」の名を冠した阪神間の交通網の成り立ち、地味だけど速い!人気!智頭急行の秘密、意外な形で兵庫県内に残る弾丸列車計画の線路予定地、人気のハイキングコースとなった福知山線の線路跡、地元民も予想外だった新幹線相生駅ができたワケ…などなど、意外と知られていない兵庫の交通トリビアを厳選してご紹介。

●兵庫の歴史を深読み

丹波市で発見された恐竜の化石からわかる古代の兵庫、日本のはじまりは兵庫から!淡路島に伝わる国生み神話、古墳の数が日本一!なぜ兵庫には古墳がたくさんあるのか、清盛が築いた日本の首都・福原京の今むかし、石をどうやって山頂へ 朝来市の「天空の城」の謎、そもそも何 なぜここに 高砂市にある石の宝殿の謎、兵庫港と神戸港の違いとは その長くて深い歴史、兵庫は重要な拠点だった 消えた軍事遺跡を歩く・・・

などなど、思わず「そうだったのか」と納得のネタに尽きない兵庫の歴史。知れば知るほど兵庫の歴史も面白い。

『兵庫のトリセツ』を購入するならこちら

まっぷるトラベルガイド編集部は、旅やおでかけが大好きな人間が集まっています。
皆様に旅やおでかけの楽しさ、その土地ならではの魅力をお伝えすることを目標に、スタッフ自らの体験や、旅のプロ・専門家への取材をもとにしたおすすめスポットや旅行プラン、旅行の予備知識など信頼できる情報を発信してまいります!

エリア

トップ > カルチャー >  関西 > 兵庫県 >

この記事に関連するタグ