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観応の擾乱~尊氏と直義の骨肉の争い!

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2022年4月8日

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観応の擾乱~尊氏と直義の骨肉の争い!

足利尊氏・直義兄弟は二頭政治を行っていましたが、やがて対立し、全国規模の内乱を繰り広げます。それは「日本史上最大の兄弟喧嘩」といわれるほど激しいものでした。
【要点はココ!】
◎足利尊氏・直義兄弟の二頭政治が崩壊します。
◎尊氏・高師直対直義という構図で展開した観応の擾乱は、尊氏方が勝利しました。

観応の擾乱は二頭政治の終わりから始まる

南北朝時代になって3年後の1339(延元(えんげん)4・暦応(りゃくおう)2)年、後醍醐天皇は病死しました。北畠親房や楠木正行などの武将も敗戦あるいは戦死しており、南朝の命運はもはや風前の灯です。そうしたなか、幕府内でも内部抗争が発生します。二頭政治を行っていた足利尊氏直義兄弟が衝突したのです。

当時、将軍の足利尊氏には執事の高師直が補佐役として仕えていました。師直は強力な軍事力をもち、革新的な政権をつくろうとしていましたが、副将軍の立場にあった足利直義は保守的な政権を目指していたため折り合わず、次第に対立を深めていったのです。

観応の擾乱の最後は尊氏が直義を毒殺!?

1349(正平4・貞和5)年7月、高師直は足利直義討伐を企てて尊氏邸を囲み、足利直義を出家させたうえ、自分は政界復帰を実現しました。これに対して足利直義は翌1350(正平5・観応元)年10月、宿敵である南朝に降るという〝禁じ手〞を使って挙兵。尊氏軍を摂津で撃破したのです(観応の擾乱(かんのうのじょうらん))。

その後、足利尊氏と直義は和睦(わぼく)しますが、再び対立。足利直義が北陸から鎌倉へと逃れると、尊氏は大軍を率いて追いかけ、1352(正平7・文和元)年に直義軍を打倒しました。観応の擾乱の終幕です。最後、足利直義は毒殺されたともいわれています。

観応の擾乱の経過

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見どころ―目次から抜粋:鎌倉時代

■源氏の挙兵/宿命のライバル、平氏と源氏が全国各地で戦を繰り広げる
■一ノ谷の戦い/平氏の野望を打ち砕く 源義経の奇襲「鵯越の逆落とし」
■壇ノ浦の戦い/日本史上初の本格的海戦が勃発 戦局を左右したのは潮の流れ!
■奥州合戦/源平合戦で大活躍した源義経を兄の頼朝が排斥した理由とは? 
■鎌倉幕府成立/全国に守護が設置され、頼朝の征夷大将軍任命で幕府が成立!
[中世史の最前線]あの肖像画は将軍ではない?源頼朝の本当の顔 
■幕府の統治機構/封建制のはじまりとなった鎌倉幕府の統治システム 
■13人の合議制/カリスマ源頼朝の死後、幕政の主導権を握った13人とは? 
■比企能員の乱/「13人」のメンバーの北条時政が粛清の嵐で源氏将軍の独裁を阻む
■和田合戦/鎌倉で大規模な市街戦が勃発!北条義時と古参の御家人の戦い 
■将軍断絶/3代で途絶えた源氏将軍の系譜 ますます勢いを増す北条氏の権勢
■後鳥羽上皇の企み/目指すは公武合体による親政 後鳥羽上皇がついに動き出す! 
[中世史の最前線]言葉のイメージはよくないが、院政は悪いシステムではなかった? 
■承久の乱/公武の力関係を大きく変える中世最大級の大乱が起こる!乱の結果、幕府が勢力を拡大し、公武二元体制を終わらせた
■執権政治/武家政権を安定させたのは稀代の名執権・北条泰時! 
■文永の役/日本侵略の危機!そのとき幕府はどう動いた? 
■弘安の役/モンゴル軍が再び襲来するも、またもや暴風雨によって失敗! 
[中世史の最前線]元寇で「神風」は吹いたのか、吹かなかったのか?
■鎌倉新仏教/上流階級から庶民のものへ……次々に誕生した新しい仏教宗派 
[中世史の最前線]鎌倉新仏教と旧仏教はどんな関係だった? 
■得宗専制政治の確立/将軍にならず得宗として権力を掌握した北条氏一族 
■両統迭立/皇位継承が不安定に……皇統が持明院統・大覚寺統に分裂! 
■正中の変・元弘の変/幕府に戦いを挑み、2度も失敗……それでも信念を貫いた後醍醐天皇 
■鎌倉幕府の滅亡/幕府方の足利高氏が謀反!新田義貞も活躍し幕府が滅びる

見どころ―目次から抜粋:室町時代

■建武の新政/武家軽視の方針が仇に……挫折した後醍醐天皇の夢 
■中先代の乱/ついに後醍醐天皇と決別!政府打倒を目指す尊氏 
[中世史の最前線]黒い馬にまたがる騎馬武者は足利尊氏ではない? 
■南北朝の分立/朝廷が分裂して天皇も2人に!北朝と南朝の攻防がはじまる 
■観応の擾乱/尊氏と直義の骨肉の争い!史上最大の兄弟喧嘩の顛末は?
■将軍権威の確立/武家と公家両方の頂点に立ち、幕府を全盛期に導いた足利義満!
■幕府統治機構の確立/鎌倉幕府を踏襲した統治機構が義満の時代にようやく確立する 
■南北朝合一/南北に分裂していた朝廷が約60年のときを経てひとつに! 
■日明貿易/優先すべきは名より実 巨大ビジネスをものにした義満 
[中世史の最前線]足利義満は本当に天皇の地位を奪おうとしていたのか

著者紹介

山田 邦明(やまだ・くにあき)
1957年、新潟県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。東京大学史料編纂所教授などを経て、現在愛知大学文学部教授。日本中世史を専門とする。主な著書に『鎌倉府と関東』(校倉書房)、『日本の歴史8 戦国の活力』(小学館)、『日本中世の歴史5 室町の平和』『戦国のコミュニケーション』『人物叢書 上杉謙信』(以上、吉川弘文館)、『日本史のなかの戦国時代』(山川出版社)、『鎌倉府と地域社会』(同成社)などがある。

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