花田欣也のすばらしきトンネル道

普段何気なく通るトンネルだが、日本全国には道路トンネルが約11,000本、鉄道トンネルは約5,000本あるといわれている。とくに各地の旧道や廃線跡などには、かつて地域交通や産業の重要なルートとなっていた歴史を秘めながら、今は通る人も少なく山中にひっそりと佇んでいるトンネルが多く存在する。
そんな全国のトンネルの中から自治体や事業者に通行を許可され、「安全・安心」に見る・歩くことができるトンネルをその魅力とともに紹介していこう。

※トンネルは現地状況により通行できない場合もあります。事前に地元の関係先(自治体の観光課や観光協会など)に確認されると安心です。

文・写真(特記以外)/花田欣也

静岡県静岡市・藤枝市

4世代のトンネルを通れる!
宇津ノ谷トンネル

静岡駅から藤枝駅行の路線バスで約30分、宇津ノ谷入口で下車。バスの走る国道1号線のすぐ先、山を貫いている2本のトンネルが昭和のトンネル、平成のトンネルで、ひっきりなしに車が往来している。高度成長期にかけてモータリゼーションが進化し、輸送量増大のニーズに対応して設けられたトンネルで、現在国道1号線の上り(昭和34年建造)、下り(平成10年建造)トンネルとなっている。

国道を歩道橋でまたぐと両トンネルを上から眺められる。歩道橋を下りて進み、宇津ノ谷宿の旧い町並みに入る。東海道の宿場町として栄えた面影が、東海自然歩道として程よく整備された石畳の鋪道を歩きながら味わうことができる。
石畳の道は峠に向かって上り、町並みの先はジグザグの急な坂道になっている。

江戸時代の宿場町の面影が残る宇津ノ谷宿

坂道を上りきって振り返ると、今通ってきた宇津ノ谷の宿場町の一本道が見渡せて、美しい瓦屋根の街並みに、思わず写真を撮りたくなる。そして…。

お待ちかねの明治のトンネル、明治宇津ノ谷トンネルが、行く手正面に姿を現わした。この、お目当てのトンネルとの出逢いの瞬間が、私はたまらない。期待通り、煉瓦で造られたポータル(入口)は明治時代のままで、その中にカンテラ風の灯りが見える。

これは、映える!
まず1枚撮って、うっとりしつつ中へ入ると、内部も煉瓦で覆われている。実は、このトンネルは明治9(1876)年に建造された日本最初の有料トンネルで、当時は人6厘、かご1銭2厘が徴収されたという。

幻想的な灯りと煉瓦

しかし、建設技術がまだ発達していない当時に、両側から堀り進められたため、トンネル内は“く”の字に曲がった道となり、その後火災事故が発生したことを契機に、明治37(1904)年に現在の約200mの直線トンネルに改修された。明治以来、120年近くの時が経過した側壁の煉瓦が美しく残り、カンテラ風照明で橙色に照らされて綺麗だ。トンネル手前に車止めがあるので、ゆっくりと雰囲気を味わうことができる。
この明治のトンネルは国の重要文化財に指定され、また日本遺産「駿州の旅」の構成ストーリーにもなっており、その歴史的価値は高い。

芸術的ともいえる美しさ

トンネルを出て藤枝側に下りてしばらく行くと、右手からの別の道路(旧道)と合流するが、その道を戻ると扁平型をした大正のトンネル(大正15年着工、昭和5年竣工)が現われる。大正末期、自動車の普及に伴って造られたトンネルで、トラックやバスでも対面通行可能な幅が確保され、今もトラックが通るので、国道1号線の抜け道の役割もあるのだろう。

大正トンネルは今も現役の主要道

明治、大正、昭和、平成の4トンネルを見たら、お腹がすいた。帰りに大正トンネルから歩いて20分ほどの「道の駅 宇津ノ谷峠」に立ち寄って、名物の“静岡おでん”を食べようか。

花田欣也

トンネルツーリズムプランナー(トンネル探究家)、総務省 地域力創造アドバイザー、一般財団法人地域活性化センター フェロー
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