上鳥羽インターチェンジ
上鳥羽インターチェンジのおすすめの観光スポット
ガイドブック編集部が厳選した上鳥羽インターチェンジのおすすめの観光・旅行スポットをご紹介します。6月最終日に残り半年の無病息災を願い茅の輪くぐり等をする行事「茅の輪くぐり・夏越の祓」、自然光が吹き抜けるロビーが心地よい京都駅から徒歩2分のホテル「京都センチュリーホテル」、京都駅からすぐの緑のオアシス「梅小路公園」など情報満載。
上鳥羽インターチェンジのおすすめスポット
191~200 件を表示 / 全 1,684 件
茅の輪くぐり・夏越の祓
6月最終日に残り半年の無病息災を願い茅の輪くぐり等をする行事
境内に設けられた茅の輪をくぐり、半年間の罪・けがれを移した人形(ひとがた)を各自みそぎの小川に流してお祓いする行事。残り半年間の無病息災を祈願する。
上鳥羽インターチェンジから2120m
茅の輪くぐり・夏越の祓
- 住所
- 京都府京都市伏見区中島鳥羽離宮町7城南宮
- 交通
- 近鉄京都線竹田駅から徒歩15分
- 料金
- 無料
- 営業期間
- 6月25~30日
- 営業時間
- 9:00~16:00、夏越の祓神事15:00~(30日)
京都センチュリーホテル
自然光が吹き抜けるロビーが心地よい京都駅から徒歩2分のホテル
京都駅烏丸中央口より東へ徒歩2分、観光やビジネスには最適の好立地。朝食ビュッフェは、和食、洋食、中華と充実している。
上鳥羽インターチェンジから2123m
京都センチュリーホテル
- 住所
- 京都府京都市下京区東洞院通塩小路下ル東塩小路町680
- 交通
- JR京都駅からすぐ
- 料金
- ツイン=29700~41580円/ダブル=26136~36828円/
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- イン15:00、アウト12:00
梅小路公園
京都駅からすぐの緑のオアシス
JR貨物駅の跡地を整備した都市公園。平安時代は平家の本拠地であったという付近も、今は四季折々の花に囲まれ思い思いの休日を過ごす家族連れでにぎわう。
上鳥羽インターチェンジから2123m
梅小路公園
- 住所
- 京都府京都市下京区観喜寺町56-3
- 交通
- JR京都駅から徒歩15分
- 料金
- 入園料=無料/朱雀の庭・いのちの森=200円/チンチン電車=150円(片道券)、300円(1日券)/
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 入園自由、緑の館・朱雀の庭・いのちの森は9:00~16:30(閉園17:00)、チンチン電車は10:00~16:00(7・8月は~17:00)
城南宮七草粥の日
春の七草を神前に供え、七草粥を食べて万病退散・不老長寿を祈る
平安時代より伝わる万病退散・不老長寿を祈る七草粥。セリ、ナズナ、スズナ、スズシロなどの春の七草を神前に供え、熱々の七草粥を食べて病気を防ぎ、延命長寿を祈願する。
上鳥羽インターチェンジから2129m
城南宮七草粥の日
- 住所
- 京都府京都市伏見区中島鳥羽離宮町7城南宮
- 交通
- 近鉄京都線竹田駅から徒歩15分
- 料金
- 七草粥=500円(1膳)/
- 営業期間
- 2月11日
- 営業時間
- 10:00~16:00
土井志ば漬本舗 ポルタ店
上鳥羽インターチェンジから2130m
京都新阪急ホテル
観光・ビジネスに最適で多彩なレストランが併設
JR京都駅に面しており、京都散策をはじめ、ビジネスの拠点としても最適なロケーション。多彩な施設と行き届いたサービスで、ゆっくりとくつろげる。
上鳥羽インターチェンジから2136m
京都新阪急ホテル
- 住所
- 京都府京都市下京区塩小路通新町東入ル東塩小路町 JR京都駅烏丸中央口正面
- 交通
- JR京都駅からすぐ
- 料金
- シングル=19008~20196円/ツイン=29700~47520円/ダブル=29700~35640円/トリプル=45144~47520円/ジュニアスイート=65340円/
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- イン15:00、アウト11:00
曲水の宴
平安装束の歌人が歌を詠み酒を交わす、雅な貴族の遊びを披露
平安貴族の衣装をまとった歌人達が庭園のせせらぎ沿いに座り、小川を流れる杯が流れ着くまでに和歌を詠み、短冊にしたため、取り上げた杯を空ける。当日は神苑無料公開。
上鳥羽インターチェンジから2148m
曲水の宴
- 住所
- 京都府京都市伏見区中島鳥羽離宮町7城南宮楽水苑
- 交通
- 近鉄京都線竹田駅から徒歩15分
- 料金
- 無料
- 営業期間
- 4月29日、11月3日(雨天中止)
- 営業時間
- 14:00~14:50
THE THOUSAND KYOTO
上鳥羽インターチェンジから2148m
史跡 西寺跡
石碑と建物の礎石が残る
密教の根本道場として繁栄した空海の東寺とは対照的に、守敏の西寺は官寺としての地位は保っていたものの、度重なる火災で焼失し、天福元(1233)年の記録を最後に再建されることはなかった。
上鳥羽インターチェンジから2152m
