東京都 x その他史跡・建造物
東京都のおすすめのその他史跡・建造物スポット
東京都のおすすめのその他史跡・建造物スポットをガイドブック編集部が厳選してご紹介します。かたつむりの巻形に似た通路のついた井戸「まいまいず井戸」、綱吉が創建した歴史ある孔子廟「湯島聖堂」、立派なお屋敷だったと言われる敷地内には産湯の井戸がある「近藤勇生家跡」など情報満載。
東京都のおすすめスポット
1~20 件を表示 / 全 28 件
まいまいず井戸
かたつむりの巻形に似た通路のついた井戸
五ノ神社の境内にある、らせん状の通路をつけて掘りくぼめた井戸で、形がまいまいず(かたつむり)に似ていることからこの名で呼ばれている。鎌倉時代に造られたものともいわれ、東京都の指定史跡になっている。
湯島聖堂
綱吉が創建した歴史ある孔子廟
林羅山が上野忍ヶ岡に建てた孔子廟を、徳川綱吉が幕府立の孔子廟として元禄3(1690)年に創建。のちに幕府直轄の昌平坂学問所も併設された。土・日曜、祝日には大成殿内部も公開される。
湯島聖堂
- 住所
- 東京都文京区湯島1丁目4-25
- 交通
- JR中央線御茶ノ水駅からすぐ
- 料金
- 無料、大成殿内は200円
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 9:30~17:00(閉門)、10~翌3月は~16:00(閉門)、大成殿見学は10:00~閉門まで
近藤勇生家跡
立派なお屋敷だったと言われる敷地内には産湯の井戸がある
菩提寺である龍源寺の西にある新選組局長・近藤勇の生家跡。7000平方メートルの敷地に堂々と建つ屋敷だったと伝えられる。現在は近藤勇を祀った小さな祠と、産湯の井戸がある。調布市指定史跡。
市立歴史公園 武蔵国分尼寺跡
歴史公園として建物の様子を紹介
聖武天皇の詔により建立された武蔵国分尼寺の跡。主要伽藍の規模などがわかるよう、一部を復元または位置表示をしている。平成19(2007)年「日本の歴史公園100選」に選ばれた。
谷崎潤一郎生誕の地
耽美主義派とも言われた谷崎潤一郎生地
耽美派の代表的作家である谷崎潤一郎の生地。明治19(1886)年、日本橋蛎殻町で生まれる。代表作には『刺青』、『蓼喰ふ虫』、『春琴抄』、『細雪』などがある。
横山家住宅
江戸時代に建てられた風格ある商家
万延元(1860)年の建造。地漉き紙問屋として栄えた家で、伝馬役を担ったことから伝馬屋敷とも呼ばれる。細格子造りの風情ある家で、千住宿の面影を感じさせてくれる。
築地小劇場跡
歌舞伎座の伝統とは違う方向での新劇拠点だった劇場の跡地
演出家の土方与志が私財を投じて設立し、大正13(1924)年に開場した劇場跡。建坪約260平方メートル、座席数468席で、歌舞伎座の伝統から離れた新劇の拠点だった。
羽村堰
玉川上水の堰の基礎、土台となった。春には桜が見ごろな場所
承応2(1653)年に完成した玉川上水の堰。上水の管理を行っていた陣屋の門が移築され、江戸の貴重な給水源だった頃の面影を今に伝えている。
雑司ヶ谷 鬼子母神堂
菩薩形で美しい姿の鬼子母神像
子育て・安産の神様である鬼子母神を祀っている。本殿は寛文4(1664)年に建立されたもので、平成28年に国の重要文化財に指定された。境内に立つ樹齢700年の大イチョウは都指定の天然記念物。
宮沢賢治旧居跡
宮沢賢治が創作活動に励んだ長屋の跡地
賢治が大正10(1921)年に上京後、住んだ二軒長屋跡。案内板右手の建物2階に住んでいた。赤門前の印刷所で働きながら、布教と創作に励んだ。建物は平成2(1990)年に取り壊された。
松竹キネマ蒲田撮影所跡
数々の名作が生まれた地
大正9(1920)年、「東洋のハリウッド」を目標に、松竹が初めて撮影所を作った場所。跡地に建てられたビルの1階に、撮影所前の川に架かっていた「松竹橋」の親柱が残る。
新島襄誕生地跡
渡米して神学などを学び、同志社大学を創設した新島襄生誕の地
同志社英学校(同志社大学の前身)の創設者である新島襄が生まれた場所。22歳で渡米、キリスト教徒の洗礼を受け、神学・理学を学んだ明治時代の教育者。
松之大廊下跡
忠臣蔵の浅野刃傷事件の起きた跡地
浅野内匠頭が吉良上野介に斬りかかるという刃傷事件が起きた跡地。畳敷きで約36mの大廊下だった。廊下に沿った襖戸に松が描かれたことが名前の由来とされる。
松之大廊下跡
- 住所
- 東京都千代田区千代田1-1
- 交通
- 地下鉄大手町駅から徒歩10分
- 料金
- 無料
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 9:00~16:00(閉園16:30、時期により異なる)
浅野内匠頭終焉之地
一関藩主・田村右京太夫の江戸屋敷
内匠頭は幕命により、一関(現在の岩手県)藩主・田村右京太夫の江戸屋敷の庭で切腹。「風さそう花よりなほ我はまた春の名残をいかにやとせん」と無念の思いを詠んでいる。
喜之床跡
石川啄木が2年2ヶ月過ごした住居跡。現在は明治村に移築保存
石川啄木が明治42(1909)年より、2年2ヶ月過ごした住居の跡。旧家屋は春日通りの拡幅にかかり、昭和53(1978)年に解体。現在は明治村に移築保存されている。







