新地出出入口
新地出出入口のおすすめの観光スポット
ガイドブック編集部が厳選した新地出出入口のおすすめの観光・旅行スポットをご紹介します。日本のキリシタンの歴史が、ここにある「日本二十六聖人記念館」、太平洋戦争中、県の防空施設の中心的役割を担った現物資料を展示「長崎県防空本部跡(立山防空壕)」、架橋当時、河畔に桃の木があったことから名が付く「桃渓橋」など情報満載。
新地出出入口のおすすめスポット
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日本二十六聖人記念館
日本のキリシタンの歴史が、ここにある
ザビエル自筆書簡、中浦ジュリアンの書簡、マリア観音に代表される貴重なキリシタン資料と、潜伏キリシタンの密かな祈りの対象であった絵画『雪のサンタマリア』、長谷川路可のフレスコ画などの美術品を多数展示している。
新地出出入口から1581m
日本二十六聖人記念館
- 住所
- 長崎県長崎市西坂町7-8
- 交通
- JR長崎駅から徒歩5分
- 料金
- 大人500円、中・高校生300円、小学生150円 (障がい者は入館料半額)
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 9:00~17:00(閉館)
長崎県防空本部跡(立山防空壕)
太平洋戦争中、県の防空施設の中心的役割を担った現物資料を展示
太平洋戦争中に空襲警報が発令されると県知事ら要員が集まり、警備、救護の指揮などをした場所。当時、ここにいた人の証言のパネルや電話のバッテリーなどの現物資料を展示。
新地出出入口から1616m
長崎県防空本部跡(立山防空壕)
- 住所
- 長崎県長崎市立山1
- 交通
- JR長崎駅から長崎電気軌道3号系統蛍茶屋行きで2分、桜町下車、徒歩9分
- 料金
- 無料
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 9:30~17:00(閉館)
桃渓橋
架橋当時、河畔に桃の木があったことから名が付く
延宝7(1679)年の架橋当時、河畔に桃の木があったことから名が付く。唐船から降ろした荷を小舟でこのあたりまで運んできていた。橋の両脇に唐船安全祈願塔常夜燈が立つ。
新地出出入口から1700m
龍馬のぶーつ像
60cmのブーツを履いて町を見渡す
亀山社中跡地に隣接する小さな展望スポット。袴にブーツを履いた龍馬の姿は有名だが、そのブーツをモチーフにした像が立つ。およそ60cmのサイズのブーツは銅製で、実際に両足を入れて記念撮影することができる。
新地出出入口から1762m
龍馬のぶーつ像
- 住所
- 長崎県長崎市伊良林2丁目
- 交通
- JR長崎駅から長崎電気軌道3号系統蛍茶屋行きで7分、新大工町下車、徒歩15分
- 料金
- 情報なし
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 見学自由
長崎市亀山社中記念館
坂本龍馬が設立した日本初のカンパニー
慶応元(1865)年に坂本龍馬が結成した日本最初の商社「亀山社中」跡。当時の間取りを当時の姿により近い形で復元し、館内には龍馬ゆかりの品々を展示。龍馬がもたれかかって座ったという柱も再現している。
新地出出入口から1764m
長崎市亀山社中記念館
- 住所
- 長崎県長崎市伊良林2丁目7-24
- 交通
- JR長崎駅から長崎電気軌道3号系統蛍茶屋行きで7分、新大工町下車、徒歩15分
- 料金
- 入館料=大人310円、高校生200円、小・中学生150円/
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 9:00~16:45(閉館17:00)
長崎くんち
長崎が熱気に包まれる3日間
町じるしの傘鉾を立て、各町が趣向を凝らしたさまざまな演し物(だしもの)を神前で披露。ダイナミックな演技に拍手が飛び交い、「モッテコーイ」の掛け声が響き渡る。
新地出出入口から1802m
長崎くんち
- 住所
- 長崎県長崎市諏訪神社ほか市内各所
- 交通
- JR長崎駅から長崎電気軌道3号系統蛍茶屋行きで5分、諏訪神社下車、徒歩5分(諏訪神社)
- 料金
- 観覧券(中央公園くんち観覧場)=6000円(砂被り椅子席)、5500円(スタンドS席)、3500円(スタンドA席)/観覧券(諏訪神社桝席、一桝4人掛け)=30000円(S席)、24000円(A席)、18000円(B席)、12000円(C席)/ (要問合せ)
- 営業期間
- 10月7~9日
- 営業時間
- 長崎くんちは7:00~、詳細は要問合せ
諏訪神社
長崎くんちの舞台となる神社
「おすわさま」と親しまれている長崎の総氏神で、寛永12(1625)年に再興され、長崎くんちの舞台としても有名。厄除けや縁結び祈願に多くの人が訪れる。
新地出出入口から1802m
諏訪神社
- 住所
- 長崎県長崎市上西山町18-15
- 交通
- JR長崎駅から長崎電気軌道3号系統蛍茶屋行きで5分、諏訪神社下車、徒歩5分
- 料金
- 情報なし
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 境内自由
阿弥陀橋
かつて橋際に囚人の往生を祈る阿弥陀堂が建てられていたという
昔、市中引きまわしの死刑囚が必ず渡らなければならなかった石橋。橋の名は、囚人たちが来世は極楽に生まれるようにと架設の翌年に橋際に阿弥陀堂が建てられたことに由来。
新地出出入口から1806m

