
更新日:2020年4月13日
【ベルリンの壁へ】ドイツ東西分断の歴史を知る
1961年から30年近くにわたり、街を東西に分断していたベルリンの壁。崩壊から20年余りが経過した今も壁に関するスポットが数多く残る。
Q&Aで知る 東ドイツとベルリンの壁
Q ドイツはなぜ東西に分かれたの?
A 戦後、対立する2つの陣営に分割占領されたから
第二次世界大戦で敗れたドイツは、アメリカ、イギリス、フランス、ソビエト連邦の4か国によって占領された。しかし、米英仏の資本主義3か国と社会主義国ソ連は戦後対立を深め、1949年に米英仏の占領地域でドイツ連邦共和国(西ドイツ)、ソ連の占領地域でドイツ民主共和国(東ドイツ)の建国が宣言され、ドイツは分断状態となった。
Q では、ベルリンはなぜ東西に分かれたの?
A ほかのドイツ領とは別に、分割占領されたから
ベルリンはソ連の占領エリアにあるが、この街だけほかのエリアとは別に、アメリカ、イギリス、フランス、ソ連の4か国によって分割占領されていた。そのため、西ベルリンは社会主義陣営に囲まれた資本主義陣営の飛地といえる状態だった。
Q ベルリンの壁は何のために建設されたの?
A 東ベルリン住民が西ベルリンへ流出するのを阻止するため
東ドイツ国民の自由は制限され、秘密警察シュタージに監視されていたため、西ベルリンへは自由を求める人々の流出が相次いだ。そのため、東ドイツは1961年、住民が移動できなくするために、西ベルリンを取り囲む壁を建設。これがベルリンの壁である。
1961年、東ドイツ当局によって建設されているベルリンの壁
Q ベルリンの壁はどんな構造?
A 何重にも障壁が築かれていた
壁の構造は下図のとおり。コンクリートの壁が西ベルリンとの最終境界線だったが、そこにいたるまでに金網、有刺鉄線、警備犬、監視車用道路、監視塔、自動車止めの溝、検問地帯など、さまざまな障害物が設けられており、それらを越えることはほぼ不可能だった。現在も街の各地に監視塔が残る。
Q 壁を越えようとしたらどうなったの?
A 成功者もいるが、逮捕されたり射殺されたりした人も
厳重な警戒態勢にもかかわらず、西ベルリンへの脱出を試みる人は後を絶たず、シンプルな強行突破、地下トンネルの掘削などさまざまな方法がとられた。脱出に失敗して殺害された人はのべ192人、逮捕された人は約3000人、脱出に成功したのは5000人余りといわれている。
Q ベルリンの壁はなぜ崩壊したの?
A 周辺諸国の民主化を受け、自由を求める市民運動が高まったため
1989年、周辺の社会主義国が相次いで民主化し、それらの国を経由しての脱出が可能に。また、東ドイツの民主化を求める運動も強まり、11月9日、政府スポークスマンの誤った発表をきっかけにベルリン市民が壁に殺到、ベルリンの壁は破壊された。
クレーンを利用した壁の撤去作業。ベルリン市民によって壁が破壊されたあとの1989年12月の光景。奥に見えるのはブランデンブルク門
現在も、いくつかの場所では壁がそのままの形で残されている。写真のトポグラフィー・オブ・テラー周辺は街の中心に近く便利
イーストサイド・ギャラリー Eastside Gallery
平和を願う人々の作品が並ぶ
シュプレー川沿い、オーバーバウム橋付近に残されている長さ約1.3㎞の壁に、世界各国のアーティストの絵が並んでいる。壁崩壊20周年を記念して、描き直しが行なわれた。
東ドイツのホーネッカー書記長とソ連のブレジネフ書記長のキスの絵
多数のアーティストの作品に、世界平和への願いが込められている
壁グッズを紹介
定番人気の壁のかけらなど、多彩なおみやげが購入できる
みやげ物店でも売られている壁のかけら。証明書付のものもある
ベルリンの壁のかけらが入った壁のポストカード
国境にある看板の言葉が記されたマグカップ
切り抜いて折り曲げると壁が作れる模型カード €1.90
東ドイツの監視塔が組み立てて作れるカード €1.60
チェックポイント・チャーリー Checkpoint Charlie
国境を封鎖していたかつての検問所
市内に14か所存在した国境検問所のなかでも西側同盟諸国の外国人、関係者の通行のために使われた最も有名な検問所。現在設置されているものはレプリカ。
すぐ北のツィマー通りには、壁に関する展示がある
犠牲者追悼メモリアル Gedenkstätte der Maueropfer am Reichstag
壁に命を奪われた人々の名を記した白い十字架
西ベルリンに自由を求め、壁を乗り越えようとして射殺された東ベルリン市民を悼み、エバート通り沿いに白い十字架が掲げられている。
統一後20年を超えた今も花を供えていく人が多い
ベルリンの壁博物館 Museum Haus am Checkpoint Charlie
壁に挑んだ人々の記録
トンネルを掘ったり、車を改造して隠れたりと、壁がそびえていた28年間に西側へ逃亡しようとした人々のさまざまな手段を展示。悲痛なまでに工夫を重ねた様子が並び、胸が苦しくなるほどだ。
国境越えに使われた手作りのグライダー
ドイツの歴史をもっと知るスポット
ホロコースト慰霊碑 Denkmal für die ermordeten Juden Europas
地下の情報センターで、迫害の歴史が克明に紹介。
トポグラフィー・オブ・テラー Topography of Terror
ゲシュタポの本部跡地。悲劇が繰り返された場所だ。
ドイツ歴史博物館 Deutsches Historisches Museum
年代別にドイツの歴史を紀元前から展示している。
和解の礼拝堂 Kapelle der Versöhnung
東から西へ亡命できなかった犠牲者を弔う礼拝堂。
ベルリンの壁記念センター Berliner Mauer Dokumentationszentrum
ベルリンの壁関係の記事が閲覧できる資料館。

【筆者】まっぷるトラベルガイド編集部
まっぷるトラベルガイド編集部は、旅やおでかけが大好きな人間が集まっています。
皆様に旅やおでかけの楽しさ、その土地ならではの魅力をお伝えすることを目標に、スタッフ自らの体験や、旅のプロ・専門家への取材をもとにしたおすすめスポットや旅行プラン、旅行の予備知識など信頼できる情報を発信してまいります!
※掲載の情報は取材時点のものです。お出かけの際は事前に最新の情報をご確認ください。
