入谷出入口
入谷出入口周辺のおすすめ見どころ・レジャースポット
入谷出入口のおすすめの見どころ・レジャースポットをガイドブック編集部が厳選してご紹介します。庶民の暮らしに寄り添う寺「回向院」、長期滞在者や大物財界人が泊まったホテルだったが戦火で焼失した「菊富士ホテル跡」、石川啄木が2年2ヶ月過ごした住居跡。現在は明治村に移築保存「喜之床跡」など情報満載。
入谷出入口のおすすめスポット
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回向院
庶民の暮らしに寄り添う寺
江戸を焼き尽くした明暦の大火の犠牲者のためにお堂を建てたのが始まりで、江戸中期以降は全国の寺社の秘仏開帳の場となった。江戸時代から戦前までの相撲興行地でもある。
入谷出入口から3008m
菊富士ホテル跡
長期滞在者や大物財界人が泊まったホテルだったが戦火で焼失した
前身は下宿菊富士楼で、大正3(1914)年に菊富士ホテルを新築。後に長期滞在客相手の高等下宿になった。各界有名人が宿泊するサロンだったが、戦火で焼失し、現在は碑が残るのみ。
入谷出入口から3017m
喜之床跡
石川啄木が2年2ヶ月過ごした住居跡。現在は明治村に移築保存
石川啄木が明治42(1909)年より、2年2ヶ月過ごした住居の跡。旧家屋は春日通りの拡幅にかかり、昭和53(1978)年に解体。現在は明治村に移築保存されている。
入谷出入口から3038m
石浜神社
浅草名所七福神、寿老神を祀る1300年近い歴史をもつ神社
神亀元(724)年に聖武天皇の勅願によって鎮座されて以来、1300年近い歴史を持つ神社。浅草名所七福神、寿老神を祀る。境内には安政4(1857)年に建立された日本大工祖神の碑などがある。
入谷出入口から3067m
御谷湯
多彩な風呂が楽しめる5階建ての和モダン銭湯
創業は昭和22(1947)年。以前は平屋だったが、平成27(2015)年に5階建てのビル型銭湯に建て替えられた。なめらかな黒湯の源泉掛け流しが自慢で、湯温が異なる多彩な風呂を楽しめる。5階の半露天風呂からは、東京スカイツリーの姿も見える。
入谷出入口から3074m
御谷湯
- 住所
- 東京都墨田区石原3丁目30-10
- 交通
- JR総武線錦糸町駅から徒歩17分
- 料金
- 入浴料=460円/
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 15:30~翌1:30(閉館翌2:00)
ふくの湯
シャンプー・リンス完備で手軽に利用できる銭湯
本駒込駅から歩いて5分のところにある銭湯。ジェットバスをはじめ、薬湯、つぼ風呂、寝湯、檜風呂まで完備。手ぶらで立ち寄れる便利な銭湯だ。
入谷出入口から3085m
ふくの湯
- 住所
- 東京都文京区千駄木5丁目41-5
- 交通
- 地下鉄千駄木駅から徒歩12分
- 料金
- 入浴料=大人480円、6~12歳180円、6歳未満80円/ (都内共通入浴券(10枚綴)4400円)
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 11:00~24:00、土・日曜、祝日は8:00~
すみだ水族館
いきものの息づかいを間近で感じる
約250種のいきものを展示。世界遺産・小笠原諸島の海を再現した小笠原大水槽や、ペンギンとオットセイが暮らす屋内開放型水槽など、いきものを間近で観察できる。
入谷出入口から3086m
すみだ水族館
- 住所
- 東京都墨田区押上1丁目1-2東京スカイツリータウン・ソラマチ 5~6階
- 交通
- 東武スカイツリーラインとうきょうスカイツリー駅からすぐ
- 料金
- 入館料=大人2500円、高校生1800円、小・中学生1200円、幼児(3歳以上)800円/ (年間パスポート大人5500円、高校生4000円、小・中学生2700円、幼児1800円、障がい者手帳持参で本人と同伴者1名入場料半額、年間パスポートは障がい者手帳持参で年会費半額)
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 10:00~19:00(閉館20:00)、土・日曜、祝日は9:00~20:00(閉館21:00)、要確認
東京ソラマチ(R)
東京スカイツリーの足元に広がる大型商業施設
タワーの足元に広がり、300店以上が集結する大型商業施設。フード、ファッション、雑貨など、いずれも多彩なラインナップ。ソラマチ限定メニューやグッズも目白押しだ。
入谷出入口から3107m
東京ソラマチ(R)
- 住所
- 東京都墨田区押上1丁目1-2
- 交通
- 東武スカイツリーラインとうきょうスカイツリー駅からすぐ
- 料金
- 店舗により異なる
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 全館10:00~21:00、6・7・30・31階のレストランフロアは11:00~23:00(閉店、一部店舗により異なる)
宮沢賢治旧居跡
宮沢賢治が創作活動に励んだ長屋の跡地
賢治が大正10(1921)年に上京後、住んだ二軒長屋跡。案内板右手の建物2階に住んでいた。赤門前の印刷所で働きながら、布教と創作に励んだ。建物は平成2(1990)年に取り壊された。
入谷出入口から3108m


