その他史跡・建造物
「日本×子連れ・ファミリー」のおすすめスポット
ガイドブック編集部が厳選した「日本×子連れ・ファミリー」のおすすめ観光・旅行スポットをご紹介します。橋本川畔にある大きな石碑に刻まれる山県有朋の名「山県有朋誕生地」、回天記念館があり、太平洋戦争末期の様子を今に伝える「回天訓練基地跡」、川中島の戦いで武田信玄が本陣を置いた八幡原は今は史跡公園に「川中島古戦場」など情報満載。
- スポット:52 件
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41~60 件を表示 / 全 52 件
山県有朋誕生地
橋本川畔にある大きな石碑に刻まれる山県有朋の名
下級武士の山県有稔の次男として生まれ、内閣総理大臣にまで上り詰めた山県有朋の誕生地。生家は残されていないが、軍事や政治に絶大な力を発揮した山県有朋をしのぶ石碑がたつ。
山県有朋誕生地
- 住所
- 山口県萩市川島313-1
- 交通
- JR山陰本線萩駅からまぁーるバス西回りで17分、藍場川入口下車すぐ、徒歩5分
- 料金
- 情報なし
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 見学自由
回天訓練基地跡
回天記念館があり、太平洋戦争末期の様子を今に伝える
大津島には太平洋戦争末期の人間魚雷回天発射訓練基地の跡が残り、当時の様子を今に伝える。回天を海面に上げ降ろしをしたクレーンの跡があり、近くには回天記念館が建つ。
回天訓練基地跡
- 住所
- 山口県周南市大津島
- 交通
- JR山陽新幹線徳山駅から徒歩3分の徳山港から大津島巡航大津島行きで35分、馬島港下船、徒歩15分
- 料金
- 情報なし
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 見学自由
川中島古戦場
川中島の戦いで武田信玄が本陣を置いた八幡原は今は史跡公園に
川中島の戦いで武田信玄が本陣を置いた八幡原は現在、史跡公園として開放されており、園内には八幡社がたたずみ、境内には武田信玄・上杉謙信一騎討ちの像や三太刀七太刀之跡の碑などがある。
川中島古戦場
- 住所
- 長野県長野市小島田町川中古戦場史跡公園内
- 交通
- JR長野駅からアルピコ交通古戦場経由松代高校行きバスで20分、川中島古戦場下車すぐ
- 料金
- 情報なし
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 見学自由
唐人屋敷跡
仙の山の集落にある銀精錬の技術を伝えた「唐人」の屋敷
銀山ゾーンは戦国時代、仙の山を中心に集落が形成され、鉱山開発が広がっていったといわれる。銀精錬の技術を伝えた「唐人」(渡来人の総称)の屋敷跡と伝えられる場所。
鳥羽竜発見現場
ティタノサウルスの骨の化石が発見された海岸へ下りられる
平成8(1996)年に大型草食恐竜ティタノサウルスの骨の化石が発見された現場。道沿いに恐竜の看板が掲げられ、発見された海岸へ下りられる。恐竜は「鳥羽竜」のニックネームがある。
鳥羽竜発見現場
- 住所
- 三重県鳥羽市安楽島町
- 交通
- 近鉄鳥羽線鳥羽駅からかもめバス石鏡港行きで20分、エクシブ下車、徒歩10分
- 料金
- 情報なし
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 見学自由
吉田松陰幽囚ノ旧宅
この一室で謹慎生活を送った松陰は幽囚室で講義を行った
海外密航に失敗し、江戸・伝馬町獄より萩・野山獄へ投じられた吉田松陰。安政2(1855)年に謹慎生活を命じられ、やがて幽囚室で孟子などを講じるようになり、のちに松下村塾を主宰した。平成27年に松下村塾とともに世界遺産に登録された。
豊川油田
かつての石油採掘場。当時の面影が今に残る
明治時代、石油の産出地であった秋田県。県内でも有数の油田地帯だったのが、この豊川油田。石油が採掘されなくなった今も、櫓が当時のまま残され、当時の面影を残している。
野間之関跡
日本一取り締まりが厳しかった関所
各国との通行を禁止された江戸時代、薩摩藩は二重鎖国ともいわれる厳重な取り締まりを行なっていた。肥後との国境に設置された野間之関所は、出入国がもっとも厳しかったと伝わる場所。
旧明倫小学校本館
藩校だった明倫館の跡地にあり、登録有形文化財に指定された校舎
全国でも有数の藩校だった明倫館の跡地に、昭和10(1935)年に建てられた木造二階建ての校舎。国の登録有形文化財に指定されている。
旧明倫小学校本館
- 住所
- 山口県萩市江向602
- 交通
- JR山陰本線萩駅からまぁーるバス西回りで29分、萩・明倫センター下車すぐ
- 料金
- 本館入館料=無料/2号館入館料=大人300円、高校生200円、小・中学生100円/ (団体割引あり)
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 9:00~17:00(閉館)、レストラン・カフェ萩暦は11:00~21:00(閉店)
地獄極楽(桂昌寺跡)
閻魔大王が迎えるミステリアススポット
文政3(1820)年、70mの洞窟を掘って大衆教導のために作られた。現在は40mまで見学でき、閻魔大王や奪衣婆など恐ろしい顔立ちの石像を目の当たりにする。
はしけと海の歴史広場
定期船と島を結ぶ唯一の足だった、「はしけ」を展示している
大活躍した「はしけ」などを展示。玄武岩に覆われ入り江のない利島に、大型船が接岸するようになったのは昭和55(1980)年。それまでは、はしけが定期船と島を結ぶ唯一の足だった。

