関東・甲信越 x 墓・古墳
関東・甲信越のおすすめの墓・古墳スポット
関東・甲信越のおすすめの墓・古墳スポットをご紹介します。木更津を舞台とする歌舞伎の登場人物・切られ与三郎のモデルの墓「光明寺・与三郎の墓」、源氏の棟梁がひっそりと眠る「法華堂跡(源頼朝墓・北条義時墓)」、古墳時代にタイムスリップ「さきたま古墳公園」など情報満載。
関東・甲信越のおすすめの墓・古墳スポット
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光明寺・与三郎の墓
木更津を舞台とする歌舞伎の登場人物・切られ与三郎のモデルの墓
歌舞伎で人気の狂言『与話情浮名横櫛』。木更津が舞台の与三郎、お富の恋物語だが、その切られ与三郎のモデルとなった人物の墓があることで知られる。参拝客のなかには歌舞伎役者の姿もある。
法華堂跡(源頼朝墓・北条義時墓)
源氏の棟梁がひっそりと眠る
鎌倉幕府を開いた源頼朝と、第2代執権として政権の基礎を固めた北条義時を供養した堂の跡。現在の頼朝の墓塔は安永8(1779)年、頼朝と縁深い薩摩の島津重豪が整備し、近年復元された。

さきたま古墳公園
古墳時代にタイムスリップ
9つの大型古墳が集まる埼玉古墳群を保護し、散策を楽しめるように整備された歴史公園。約37haある古墳公園内には、「稲荷山古墳」や、日本一の規模を誇る円墳「丸墓山古墳」などが点在している。敷地内には、さきたま史跡の博物館もあり、国宝展示室では貴重な品々を鑑賞できる。


吉見百穴
丘陵に掘られたたくさんの横穴墓跡
凝灰質砂岩でできた丘陵に掘られた古墳時代末期の横穴墓群跡。現在は219基が確認され、国の史跡に指定されている。隣接して太平洋戦争末期に作られた地下軍需工場跡があり、あわせて見学できる。天然記念物のヒカリゴケも自生する。


八幡山古墳
週末・祝日は石室内も見学可能
石室が地上に露出していることから「関東の石舞台」と呼ばれる古墳。昭和10(1935)年の調査では、中から銅椀や直刀の破片などが出土した。また公園内には、万葉貴跡・防人藤原部等母麿遺跡の碑も建っている。


宇喜多秀家の墓
関ヶ原の戦いに敗れ、配流された宇喜多秀家の墓
豊臣家5大老のひとり、宇喜多秀家が埋葬されている。彼は慶長11(1606)年、33歳の若さで主従13人とともに流罪になった流人第一号。在島50年、83歳でその人生を終える。


野毛大塚古墳
南関東最大級の古墳で眺望の良い場所にある。東京都指定史跡
5世紀前半の帆立貝式前方後円墳。全長82m、高さ10mと南関東最大級の規模を誇る。玉川野毛町公園内にあり、頂上からは周辺の街並みを一望できる。東京都指定史跡。
伝上杉憲方墓
室町幕府初期の武将で関東管領だった人物の墓
室町幕府初期の武将で関東管領であった上杉憲方の墓と伝えられる。層塔を含む一帯が国の史跡に指定されている。極楽寺の支院であった西方寺跡の一角に造立されている。

蛇喰古墳
いまだ謎の多い前方後円墳
この地域には珍しい前方後円墳で、未解明の部分が多い謎の遺跡。規模が大きく、古くこの地方を支配したと思われる豪族の権力の強さをうかがわせる。
穴薬師古墳
横穴式で石室は下段に自然石使用、軽石で側壁と珍しい構造の円墳
直径約30m、高さ約4mの円墳。横穴式の石室は下段に人頭大の丸い自然石を並べて基礎を、軽石を積み上げて側壁を、奥壁には板状の石をあてるという変わった構造をしている。
玄性寺(那須与一公の墓)
弓の名人、那須与一が眠る墓がある。合格祈願で人気のスポット
那須家の菩提寺で、源平合戦で活躍した弓の名人、那須与一が眠る墓がある。一発必中だった与一にあやかろうと、絵馬は受験生の人気を集めている。

富士見塚古墳公園
墳丘から望む筑波山と霞ヶ浦は格別
県内でも有数の規模を誇る前方後円墳。霞ヶ浦を望む丘の上に築かれ、高さ13.5m、全長約78m。6世紀初めに造られたと推定。出土した埴輪などは展示館で見ることができる。

虎塚古墳
装飾古墳で国指定史跡。全長約56.5mで内部に壁画が見られる
7世紀初頭に造られた装飾古墳。国指定史跡。全長約56.5mの前方後円墳で、後円部の横穴式石室内の奥壁と側壁には、白土で下塗りした上にベンガラ(赤色顔料)で武器や馬具、幾何学文様が描かれている。

三浦義村の墓
三浦一族を束ねていた棟梁の墓は岩浦バス停近くの階段の上に
三浦義明、義澄につづく三浦一族の棟梁が義村。数カ国の守護を兼ねるほどの勢力を持っており、北条氏と幕府の覇権を争った。墓は岩浦バス停近くの階段の上にあり、隣は八坂神社。

曽我兄弟の墓
仇討で有名な曾我兄弟を弔う墓
富士の裾野で親の仇、工藤祐経を討ち果たした曽我十郎・五郎兄弟の墓。芦之湯史跡探勝歩道の途中にある。鎌倉時代中期~後期に建てられたといわれ、国の重要文化財に指定されている。

