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【連載エッセイ・第12回】猫と田舎で暮らしてみた~6匹と僕たちの里山生活~

高橋のら

更新日:2021年1月19日

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【連載エッセイ・第12回】猫と田舎で暮らしてみた~6匹と僕たちの里山生活~

東京生まれ、東京育ち。9年前に奥さんと、大分・国東半島へ移住。

そこで出会った猫たちと、こんどは、自然豊かな伊豆の田舎へ。

ゆっくりと流れる時間のなかで、森や草むらで自由に駆け回る猫たちと、一緒に暮らす日々のあれこれをお伝えしていきます。(毎週火曜日・金曜日に公開)

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田舎で猫と暮らすということ

都会や町中に住む人が、田舎暮らしという言葉を聞いて思い浮かべるのはどんな景色だろう? それは本格的な農業かも知れないし、ちょっと広めな庭での自家菜園かも知れない。ほかには薪ストーブとか、ソバ打ちとか、味噌作りとか、ピザ窯造りとか、DIYで掘立小屋を建てたり、ガーデニングや釣りに興じることかも知れない。

田舎で猫と暮らすということ

毎朝採れたてを売る猫の八百屋さん。売り子は長女のちー。いらっしゃいませー。

もちろんそういった田舎での暮らしはあるだろうし、わざわざ都会を離れて田舎へ移り住む人には田舎でなければ成し得ない何かがあるはずだろうと思う。
僕は東京を離れて今年で10年になるけれど、田舎でソバを打ったことはないしピザ窯も味噌も作ったこともない。自分の家で食べる野菜のために奥さんが畑をやってはいるものの、作るより買った方が美味しくて手間のかからない野菜はスーパーで買う。DIYも家の修繕でできることしかやらない。

DIYといっても、土を掘り返して猫たちのトイレを作るくらいしか僕にはできません。

そんな僕がなぜ都会へ戻らず田舎にとどまっているのかというと、もちろん猫たちと暮らすには住宅事情の過酷な都会より、地面の安い田舎の方がいいからだという理由だけしかない。そうです、僕たち夫婦は猫のために田舎に住んでいるのです。
都心にいようと、郊外の住宅地にいようと、もともと僕ら夫婦のようにそれほど都会暮らしの恩恵に浴していなかった人なら、その生活をそのまま田舎に移してみるだけで実に居心地の良い暮らしが手に入るように思う。

僕が何を言いたいのかというと、もし田舎での暮らしに興味や関心があるのだとしたら、「田舎暮らしは自分探し」とか「田舎で新しい生き方を見つける」なんて肩肘を張らなくても、猫とのんびり暮らすには田舎の方がええよ、というくらいの気持ちで来てみればいいんじゃないのかなということ。
もちろん僕にとっての猫が誰かにとっては犬だったり爬虫類だったり、あるいは釣りだったり山登りだったり焼き物だったりするかも知れない。

猫たちの寝息や寝言まで聴こえてきそうな、音の消えた昼下がり。

僕がこの山の麓で6匹の猫たちに課している決まりごとは朝5時と夕方5時の食事時間だけ。あとはもう何一つ文句を言わず好き勝手にさせている。
彼らは日がな一日彼らの好きなように暮らし、僕たち夫婦も彼らに合わせることなく僕たちのペースで暮らしている。僕たちは仕事をし、買い物に行き、天気の良い日は庭で昼ご飯を食べる。そんなとき、ゴーシュの弾くセロを聴こうと集まってくる動物たちのように、我が家の猫たちもランチのお裾分けにあやかろうとテーブルの周りを囲んで待っている。

庭に誰かがいると気になってしょうがない猫たち。そのうちゾロゾロと駆け出していきます。

我が家では人間と猫たちの暮らしが、ある部分は重なり、ある部分は場所も時間も知らん顔するように離れている。お互い干渉せず、お互い依存もしない。そんな猫たちとの暮らしは、飼うとか飼われるとかいうどこか窮屈な主従関係とは別な世界にあるものだと僕は思う。それはたぶん、ここに流れている時間と空間の「緩さ」が織りなすものに違いない。

何もかもが一年中ゆるゆるの我が家。次男坊ひでじも顔に似合わずゆるゆる。

1960年東京生まれ。製本業経営を経て編集プロダクションを設立。
2011年に東京から大分県国東市へ移住し、2014年に国東市から静岡県伊豆半島に転居しました。現在は伊豆の家で編集業を営みながら仕事上のパートナーでもある家内と、国東で出会った6匹の猫たちと共に暮らしています。
国東での猫暮らしを綴った著書「猫にGPSをつけてみた」雷鳥社刊があります。

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