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【連載エッセイ・第13回】猫と田舎で暮らしてみた~6匹と僕たちの里山生活~

高橋のら

更新日:2021年2月22日

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【連載エッセイ・第13回】猫と田舎で暮らしてみた~6匹と僕たちの里山生活~

東京生まれ、東京育ち。9年前に奥さんと、大分・国東半島へ移住。

そこで出会った猫たちと、こんどは、自然豊かな伊豆の田舎へ。

ゆっくりと流れる時間のなかで、森や草むらで自由に駆け回る猫たちと、一緒に暮らす日々のあれこれをお伝えしていきます。(毎週火曜日・金曜日に公開)

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この記事の目次

モグラを待つ季節

毎年12月から年明けの頃になると我が家の庭にはモグラさんが暗躍する。

モグラの主食は地中にいる虫で、ミミズやカブトムシの幼虫などを食べるらしい。相当な大食漢で12時間以上胃の中に食べ物の無い状態に置かれると死んでしまうらしい。なんだか僕と変わらないような気もするがとにかく食べて食べて食べまくるために、トンネルを掘って掘って堀りまくるのだ。

 

幸いうちは畑の野菜に害が及んだことはないんだけれど、なにせ「モグラ塚」と呼ばれる土饅頭を庭のいたるところに作られてとても見苦しい。駆除の方法はいろいろあるけれど、僕がやってみて一番効果的だったのは車の排気ガスを送り込む方法。これだとほぼ確実に駆除できる。

だけど近頃はそうして殺してしまうのも可哀想だし、モグラは餌場の虫を食べ尽くすと他へ移動することが分かったので、もうモグラさんに任せて成すがままにしているのでした。

モグラを待つ季節

寒空の下、モグラが顔を出すのをいつまでも待ち続けております。

ところが猫たちにとっては地中を這い回るモグラさんの音が気になるらしく、寒い庭の一点をじっと見つめて、モグラが顔を出すのをいつまでも待っていることがある。だけどいつ出てくるかなんて分かりゃしないし、そもそも出てくるかどうかも怪しい。それでも猫たちは地面の下から聴こえる穴掘りの音を、飽きもせずいつまでも聴いている。

 

僕はそんな猫たちを眺めていると、彼らにとって人生(猫生)は永遠なんだろうなあ、と思わされる。僕たちだって子供の頃は人生の終わりなんて来るはずがないと思っていた。いや、思うどころかそんなことを考えたことさえなかった。だからどんなに時間を無駄に使っても惜しいとは思わなかったし、大人たちが二言目には「急ぎなさい」とか「早くしなさい」と叫ぶのが不思議でならなかったものだ。

気配を感じたとたん猛然と掘り返す長男のしま兄。

いつ顔を出すか分からないモグラをじっと待ち続けている猫たちの、なんと贅沢でなんと無欲な時間の使い方だろうかと思う。街を離れたどこぞの山の麓で暮らしていると、時間に対する意識はどんどん昔にも戻っていき、僕は寒空の下で冷めたコーヒーを片手に何かを急いで済ますこと、早く歩いてどこかへ着くこと、一つを片付けながら次のことを考えることの意味はなんだったのだろう? と考えてみたりする。

 

以前、僕の本を買ってくれた人から手紙をもらったことがある。或る年齢より上の人たちにとって、手紙とか葉書の持っていたあたたかさというか、その手触りというか、送る人も受ける人もそれを「待つ」ときの切なさみたいなものは、今時の通信手段では決して味わえない人肌の温もりだったと僕は思う。

僕たちは日々の中で「あたたかさ」を忘れてしまったのかも知れないな。

誰の文字にも人となりの癖があり、選ぶ封筒や便箋や切手にも人それぞれの顔が見え隠れしていた。

そうだよ、かつて僕たちは親しい友や、両親や、叔父や叔母や、愛しい恋人たちに想いを込めてペンや筆や鉛筆を走らせたものだ。夜更け過ぎに北斗七星を見上げながら、寒空の下をポストまでてくてく歩いた。そして想いを託し、祈りを込めて薄っぺらな封筒をポストへ投げ込んで帰ったじゃないか。いつも郵便配達の自転車やバイクの音が聞こえるたび、わくわくしながら返事が届くのを待った。

一人でいるのが好きなぷーの後ろ姿。いつも猫たちの背中は、僕たちにいろいろなことを語りかけてくれる気がする。

1960年東京生まれ。製本業経営を経て編集プロダクションを設立。
2011年に東京から大分県国東市へ移住し、2014年に国東市から静岡県伊豆半島に転居しました。現在は伊豆の家で編集業を営みながら仕事上のパートナーでもある家内と、国東で出会った6匹の猫たちと共に暮らしています。
国東での猫暮らしを綴った著書「猫にGPSをつけてみた」雷鳥社刊があります。

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