坂
日本のおすすめの坂スポット
日本のおすすめの坂スポットをガイドブック編集部が厳選してご紹介します。出雲神話に登場する現世とあの世の境界線「黄泉比良坂」、オランダ坂の本家ともいわれる「丸山オランダ坂」、題材の小説に登場する坂道。映画やテレビの舞台にもなる「船見坂」など情報満載。
- スポット:48 件
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おすすめの坂スポット
21~40 件を表示 / 全 48 件
黄泉比良坂
出雲神話に登場する現世とあの世の境界線
黄泉国(あの世)と現世の境界線とされている黄泉比良坂。古代出雲神話で、伊奘諾尊が、先立った最愛の妻である伊奘冉尊を慕って黄泉国を訪ねて行った入口と伝えられている。
丸山オランダ坂
オランダ坂の本家ともいわれる
長崎市の旧外国人居留地に点在するオランダ坂の名の由来は、オランダさん(外国人)が行き来した坂というものだが、こちらのオランダ坂には別の由来がある。その一つは、花街の丸山の遊女が出島(オランダ屋敷)に出入りする際に通った坂だからという説。居留地が造られるより以前の江戸時代の話のため、こちらが本家といわれることもある。
船見坂
題材の小説に登場する坂道。映画やテレビの舞台にもなる
小樽を題材にした小説や絵画によく登場する坂道。映画やテレビの舞台になることもある。約260mの急坂を登り、振り返ると道が一直線に海へ落ちているように見える。
えっせる坂
名前の由来は明治初期建設の龍翔小学校設計士・G.Aエッセル
三国にゆかりがある、えっせる坂の名前の由来は、明治の初めに作られた龍翔小学校の設計士であるG.Aエッセルの名前から生まれたものである。
五条坂
清水寺へと延びる坂。かつては清水焼の窯元が数多くあった
大谷本廟の北から清水寺へと延びる坂。途中で清水新道(茶わん坂)と分岐する。かつては清水焼の窯元が数多くあり、道沿いに連なる陶器店に現在ではその名残を残す。
五条坂
- 住所
- 京都府京都市東山区五条坂通東大路上ル遊行前町ほか
- 交通
- JR京都駅から市バス206系統東山通北大路バスターミナル行きで15分、五条坂下車すぐ
- 料金
- 情報なし
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 情報なし
山中田坂(寺内町の口)
出入り口を4か所に制限されていた戦国時代の面影に触れる
戦国時代に誕生した寺内町は外周に土塁が巡らされ、出入り口を4か所に制限し、町を防御していた。向田坂や山中田坂の場所に立つと段丘の上に位置することがわかる。
白銀坂の石畳
石畳の坂道で、戦国時代には武将たちが陣を構えたといわれる
姶良市脇元から吉田町牟礼ヶ岡まで続く石畳の坂道で、戦国時代には武将たちが陣を構えたといわれる。江戸時代に書かれた『三國名勝図絵』に往時の姿が残されている。
幸坂
元町の西端にあり幸町が由来。明治初期まで神明坂と呼ばれていた
元町の西端にある坂。明治初期まで神明坂と呼ばれていたが、同時期に港湾の埋め立てにより、坂の下に幸町が作られたことから、坂名も幸坂に改称された。
ヘイフリ坂
御幣を振って下った坂
大音寺と皓台寺、長照寺と延命寺の間から風頭山へ続く坂道を「ヘイフリ坂」と呼ぶ。昔、諏訪神社の大鳥居を造るための石材を風頭山から切り出し、ふもとに下ろす際、運んでいる労働者を一人の宰領が御幣を振って励ましたことに由来する。
ヘイフリ坂
- 住所
- 長崎県長崎市鍛冶屋町
- 交通
- JR長崎駅から長崎電気軌道1号系統崇福寺行きで7分、新地中華街で長崎電気軌道5号系統蛍茶屋行きに乗り換えて4分、めがね橋下車、徒歩10分
- 料金
- 情報なし
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 情報なし
雲母坂
修学院離宮横から比叡山山頂へ至る古道
修学院離宮横を通って、比叡山延暦寺に通じる最短コース。名の由来は途中の土砂が雲母を含むためとも、市街から眺めると雲が湧き上がるように見えるためとも言われる。
雲母坂
- 住所
- 京都府京都市左京区一乗寺下り松町ほか
- 交通
- JR京都駅から市バス5系統岩倉操車場前行きで45分、一乗寺下り松町下車、徒歩15分
- 料金
- 情報なし
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 情報なし
恋人坂
まっすぐに続くロマンチックな道
飯豊連峰と会津盆地を望む雄国山の麓ある一本道。景色の美しさに多くの恋人たちが集まるようになったのが名の由来。夜は夜景や星空が目の前に広がり、さらにロマンチック。
どっぺり坂
坂の上から市街地を一望
新潟市の中心部から日本海へ向かう斜面にあたる坂で、長い階段が続いている。この坂を下って街へ遊びに行くと落第する(ドイツ語で「ドッペル」)ことからこの名がついたとされる。
W坂
石伐坂、Wのようなジグザグの坂道で寺町から犀川の桜橋まで続く
Wの文字を描くようにジグザグになった階段状の坂道で、室生犀星がお気に入りの散歩道だったという場所だ。寺町から犀川に架かる桜橋まで続いている。
龍門司坂
西郷隆盛が通った石畳の坂道
旧加治木町に残る石畳の坂道。寛永12(1635)年に着工し、100余年後に完成したといわれる。全長1500mのうち、現在は464mが当時の姿のまま残る。明治10(1877)年の西南の役の際、西郷隆盛が率いる薩軍がこの坂道を通って熊本へ向かった。






