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【彦根城】基本情報&モデルコースをチェック!

【彦根城】基本情報&モデルコースをチェック!

by mapple

更新日:2018年11月18日

堂々たる天守の美しさが魅力の国宝・彦根城。ご当地キャラの先駆けともいえる「ひこにゃん」が登場することもあり、世代問わず多くの人が訪れる人気スポットだ。天守だけでなく、ぜひ見ておきたい重要文化財や名勝もあわせてご紹介!

彦根城

江戸初期の城郭の姿を今に伝える
関ヶ原の戦後、徳川家康の命により井伊直継と直孝が20年の歳月をかけ1622(元和8)年ごろに完成させた。城内には国宝の天守をはじめ、太鼓門櫓、天秤櫓、西の丸三重櫓など重要文化財が数多く残る。とくに入母屋の屋根に唐破風を設けた三層三階の天守は必見。

彦根城

彦根城へのアクセス

【電車】
JR彦根駅から駅前お城通りを西へ徒歩15分
【車】
名神高速道路彦根ICから国道306号・県道25号を経て10分。駐車場は二の丸、大手前、桜場、京橋口の彦根城周辺に4か所ある

井伊直弼ってこんな人(一八一五|一八六〇)

彦根の殿様として慕われる
十一代井伊直中の14男として誕生。埋木舎で能・狂言、茶道などをたしなむ。偶然に藩主継承の機会が訪れ、1858(安政5)年、徳川幕府の大老に就任。開国を主張し日米修好通商条約に調印するなど政治的手腕をふるったが、江戸城桜田門外の変で満44歳でその生涯を閉じた。

井伊直弼ってこんな人(一八一五|一八六〇)

井伊直弼画像(清凉寺蔵)

彦根城の歴史

・1601年(慶長6) 井伊直政、佐和山城へ入場
・1604年(慶長9) 直継、彦根城築城
・1607年(慶長12) 本丸天守が完成
・1614年(慶長19) 大坂冬の陣で工事中断
・1615年(慶長20) 直孝が彦根城主となる
・1622年(元和8) 城郭全容が完成
・1679年(延宝7) 直興が槻御殿(のちの玄宮園)を完成させる
・1815年(文化12) 直弼が彦根城の二の丸で生まれる
・1952年(昭和27) 天守、附櫓、多聞櫓が国宝に指定
・2007年(平成19) 築城400年祭催行

ひこにゃんも待っている!!

彦根市のキャラクターとして彦根城を活動拠点に市のPRに日々奮闘中のひこにゃん。“井伊の赤備え”にちなんだ赤い兜がトレードマークで、井伊直孝公を雷雨から救ったとされる白猫がモデルとされている。彦根城郭では10:30、13:30、15:00と毎日3回登場。場所はHPか表門をはじめ城内各所にある「本日のひこにゃん」案内板をチェック!

彦根城の詳細情報


住所
滋賀県彦根市金亀町1-1
交通
JR琵琶湖線彦根駅から徒歩15分
営業期間
通年
営業時間
8:30~17:00(閉門17:30)
休業日
無休

モデルコースをご案内!!

決められた順路はないが、二の丸駐車場に駐車して表門から進むのが一般的。国宝の天守や重要文化財の櫓などをめぐり、玄宮園まで約2時間。天守までは急勾配の石段もあるので、歩きやすい靴で出かけよう。

1 【重文】二の丸佐和口多聞櫓

佐和口を守る最初の要
佐和口を守るため、外側に向かって設けられた要。緊急時に駆け上がった勢いでそのまま入ることができるように、石段が階段状になっている。(内部見学不可)

1 【重文】二の丸佐和口多聞櫓

佐和口を守る防御の要として築かれた

2 【重文】馬屋

城内現存は日本唯一!
元禄時代に建てられ、常に数十頭の馬がつながれていた馬屋。復元された、こけら葺きの屋根も美しい。最大21頭もの馬を収容していたとされる。

2 【重文】馬屋

馬のオブジェで当時の様子を再現

3 【重文】天秤櫓

敵の侵入を防ぐ橋の左右に構える
表門から坂を上がったところにある廊下橋を中央として、左右対称に天秤のように建てられた櫓。日本の城郭でこの形式のものは彦根城だけ。

3 【重文】天秤櫓

廊下橋は非常時には落とし橋となる

筆者:mapple

この記事の出典元は「まっぷる滋賀・びわ湖 長浜・彦根・大津’19」です。掲載した内容は、2017年10月~2018年1月の取材・調査によるものです。飲食店メニューや商品内容、料金ほか各種データが変更されたり、季節による変動や臨時休業などでご利用できない場合があります。また消費税の見直しにより各種料金が変更される場合があります。そのため施設により税別で料金を表示している場合があります。ご利用の際には改めて事前にご確認ください。

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