関東・甲信越 x その他史跡・建造物
関東・甲信越のおすすめのその他史跡・建造物スポット
関東・甲信越のおすすめのその他史跡・建造物ポットをガイドブック編集部が厳選してご紹介します。石川啄木が2年2ヶ月過ごした住居跡。現在は明治村に移築保存「喜之床跡」、縄文時代の土器や石器が出土した縄文式竪穴住居跡「ゾウ遺跡」、長期滞在者や大物財界人が泊まったホテルだったが戦火で焼失した「菊富士ホテル跡」など情報満載。
- スポット:113 件
- 記事:18 件
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関東・甲信越のおすすめのその他史跡・建造物スポット
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喜之床跡
石川啄木が2年2ヶ月過ごした住居跡。現在は明治村に移築保存
石川啄木が明治42(1909)年より、2年2ヶ月過ごした住居の跡。旧家屋は春日通りの拡幅にかかり、昭和53(1978)年に解体。現在は明治村に移築保存されている。
ゾウ遺跡
縄文時代の土器や石器が出土した縄文式竪穴住居跡
約5~6千年前の遺跡とされ、ここから多数の縄文式土器や石器が見つかっている。三宅島や本土の方向を眺められるこの高台に居住していた縄文人の竪穴式住居跡。
菊富士ホテル跡
長期滞在者や大物財界人が泊まったホテルだったが戦火で焼失した
前身は下宿菊富士楼で、大正3(1914)年に菊富士ホテルを新築。後に長期滞在客相手の高等下宿になった。各界有名人が宿泊するサロンだったが、戦火で焼失し、現在は碑が残るのみ。
石田堤 歴史の広場
水攻めのために築かれた
豊臣勢の総大将・石田三成が、城を包囲する堤を築き、そこに水を引き入れて水攻めにしようとしたその堤跡。2万人を投入して全長28kmに及ぶ堤を、わずか1週間で造り上げたといわれている(諸説あり)。現在は282mが残る。
石田堤 歴史の広場
- 住所
- 埼玉県行田市堤根1251
- 交通
- JR高崎線北鴻巣駅から鴻巣市コミュニティバスフラワー号吹上北コースで5分、袋下車、徒歩11分・JR高崎線行田市駅から行田市市内循環バスで約45分、堤根農村センター下車、徒歩10分
- 料金
- 情報なし
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 見学自由
連祥院六角堂
聖徳太子作と伝えられる太平山本地仏虚空菩薩像があることで有名
太平山の中腹、表参道の登り口にあり、建物の形から、六角堂の名前で親しまれている。ここには、聖徳太子作と伝えられている太平山本地仏虚空菩薩像があることで有名。
連祥院六角堂
- 住所
- 栃木県栃木市平井町643
- 交通
- JR両毛線栃木駅から関東自動車国学院前行きバスで14分、終点下車、徒歩10分
- 料金
- 情報なし
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 境内自由
風呂の湯・水の湯
いにしえの源泉を訪ねて「七湯めぐり」に出かけよう
熱海七湯の1つ。奈良時代に開湯されたといわれる熱海。今でも自噴の温泉が街のところどころに残っている。湯の街・熱海の歴史に触れてみよう。
お猿畠の大切岸
長さ800m以上の断崖が続く、鎌倉時代の遺構
長さ800m以上にわたって高さ3~10mの断崖が尾根に沿って連続する切岸。鎌倉時代の防衛遺構だと言われていたが、最近の発掘調査で、鎌倉石の石切場の跡だということがわかった。
お猿畠の大切岸
- 住所
- 神奈川県逗子市久木9丁目
- 交通
- JR横須賀線逗子駅から京急バスハイランド循環で7分、久木五丁目下車、徒歩6分
- 料金
- 情報なし
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 見学自由
蘭学事始地
『解体新書』を完成させる苦労の様子を描いた『蘭学事始』
安永3(1774)年に前野良沢、杉田玄白らが、豊前国中津藩奥平家の屋敷で『解体新書』を完成させた。『蘭学事始』はその苦労などを描いた杉田玄白の著作。
猿ヶ京関所資料館
関守の役宅を資料館として公開
江戸時代前期に開設され三国街道(現国道17号)の交通を取り締まった猿ヶ京関所。赤谷湖を見おろす地に現存する当時の役宅は、県指定史跡で資料館として公開されている。
猿ヶ京関所資料館
- 住所
- 群馬県利根郡みなかみ町猿ヶ京温泉1144
- 交通
- JR上越新幹線上毛高原駅から関越交通猿ヶ京行きバスで33分、関所跡下車すぐ
- 料金
- 大人200円、小・中学生100円
- 営業期間
- 4~12月
- 営業時間
- 9:00~16:30(閉館17:00)
清左衛門の湯
いにしえの源泉を訪ねて「七湯めぐり」に出かけてみませんか
熱海七湯の1つ。奈良時代に開湯されたといわれる熱海。今でも自噴の温泉が街のところどころに残っている。湯の街・熱海の歴史に触れてみよう。
西照坊
良寛が仮住まいしていた庵。当時から変わらない静けさの中にある
50歳ころの良寛が仮住まいしていたといわれる庵。良寛が住んでいたころから変わらないであろう静けさの中に佇む庵では、「春の野に」ではじまる良寛自筆の歌碑を見ることができる。
大安楽寺 江戸傅馬町牢屋敷御タク場跡
全国最大規模の牢獄であった伝馬町牢屋敷処刑場跡
伝馬町牢屋敷内の御タク場跡に、供養の為の延命地蔵がお祀りされている。向かいの石は、牢屋敷の石段の一部で、下には刀を洗ったと伝える井戸があった。
大安楽寺 江戸傅馬町牢屋敷御タク場跡
- 住所
- 東京都中央区日本橋小伝馬町3-5
- 交通
- 地下鉄小伝馬町駅からすぐ
- 料金
- 無料
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 8:30~17:00
川中島古戦場
川中島の戦いで武田信玄が本陣を置いた八幡原は今は史跡公園に
川中島の戦いで武田信玄が本陣を置いた八幡原は現在、史跡公園として開放されており、園内には八幡社がたたずみ、境内には武田信玄・上杉謙信一騎討ちの像や三太刀七太刀之跡の碑などがある。
川中島古戦場
- 住所
- 長野県長野市小島田町川中古戦場史跡公園内
- 交通
- JR長野駅からアルピコ交通古戦場経由松代高校行きバスで20分、川中島古戦場下車すぐ
- 料金
- 情報なし
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 見学自由
畠山重忠公史跡公園
源頼朝に仕えた畠山重忠を偲ぶ公園。重忠の五輪塔形式の墓がある
源頼朝に仕え、武人の鑑といわれた畠山重忠と家臣を偲ぶ史跡公園。五輪塔形式の重忠の墓がここにある。近くの満福寺は重忠が再興したと伝える菩提寺で、現本堂は江戸時代の建立。
伊香保御用邸跡
以前は皇族の避暑地だった。現在は記念碑と玄関の沓脱石が残る
明治23(1890)年に県下唯一の御用邸として設置され、毎年皇族が避暑に訪れていた。火災で焼失したのち、現在は群馬大学保養所となり敷地内に記念碑と沓脱石が残っている。
伊香保御用邸跡
- 住所
- 群馬県渋川市伊香保町伊香保
- 交通
- JR上越線渋川駅から関越交通伊香保温泉行きバスで25分、終点下車、徒歩3分
- 料金
- 情報なし
- 営業期間
- 通年
- 営業時間
- 見学自由
大戸関所跡
信州の入り口に当たる関所跡で国定忠治が破り、磔にもなった場所
信州街道の要所だったことから設けられ、信州の入り口に当たる関所跡。現在は石碑が立つのみとなっている。国定忠治がこの関所を破り、最後に磔になった場所としても有名。
江川太郎左衛門砲台跡
黒船来襲に備えて大砲を据え付けた跡。4門中1門が今に残る
城ヶ崎海岸の門脇吊り橋近くにある。江戸時代末期、黒船の来襲に備えて、当時伊豆の代官だった江川太郎左衛門が4門の大砲を据え付けた跡。今は1門が残っている。
築地外国人居留地跡
明治初期は各国公使館や領事館が軒を連ね外国人専用特別区だった
明治初期に外国人居留地のあった場所で、外国人の居住と通商のための専用特別区とされていた。当時は外国公使館や領事館などがあり、知識人が多く居住していたという。
百八やぐら
覚園寺の裏山に点在するやぐら群
覚園寺の裏山に点在する180穴ほどのやぐら群。仏教でいうところの百八の煩悩になぞらえて「百八やぐら」と名付けられたといわれている。やぐらの中には五輪塔や仏像が安置され、鎌倉時代の武士や僧侶が葬られている。
