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【鎌倉七口】山を切り開いて造った7つの主要道切通しをめぐる

by mapple

更新日:2018年6月13日

三方を山に囲まれた鎌倉で、陸路として掘削された古道。今もその風情が残る「鎌倉七口」と呼ばれる道を歩こう。

切通しとは?

人の往来や軍事物資の輸送用に山を切り開いて通した道路。山と海に囲まれた鎌倉は、敵の襲撃を防ぐのに好都合だったが、その一方、物資の輸送や人の往来も必要なため、北条泰時らが山を切り崩して道を通したという。鎌倉に残る主要な7つの道が「鎌倉七口」と呼ばれている。

鎌倉七口

南に広がる海と三方を山に囲まれた鎌倉。中心部に城の天守があり、山が城壁、切通しが「城門」の役割をしていた。山が多いため複雑に入り組んだ地形が特徴

巨福呂坂切通

北鎌倉エリア
庚申塔や道祖神の石造が名残を感じさせる
鶴岡八幡宮裏の雪ノ下方面から北鎌倉へ続く道として切り通された道。延応2(1240)年、北条泰時の命により切り通されたといわれる。現在の切通しは途中で私有地となり行き止まりになっているため、北鎌倉へ抜けることはできない。旧道の東には県道21号が走り、ここが巨福呂坂の新道となっている。

鎌倉坂洞門と呼ばれる巨福呂坂の新道。道路の上にはシェードがかかる

左の階段を上っていくと青梅聖天社の参道につながっている

朝夷奈切通

金沢街道エリア
かつての面影を色濃く残す七口きっての長い道が続く
横浜の金沢地区から鎌倉に入るための切通しで、今も旧状をとどめている道。かつては東国の物資を運搬するための重要なルートであり、武将・和田義盛の三男・朝夷奈義秀が一夜にして切り開いたという伝説が残っている。坂の高低差があまり激しくないため、比較的歩きやすい切通しとなっている。

岩壁にはやぐらがいくつか見られる。見上げる位置にあり迫力がある

荒削りな岩肌は鍾乳洞のよう。ダイナミックな風景が続く

足元が滑りやすい部分もあるので注意が必要

亀ヶ谷坂切通

北鎌倉エリア
亀も引き返すほどの急坂は緑が映える古道
北鎌倉の山ノ内から扇ガ谷(旧亀ヶ谷)を結ぶ道。亀がひっくり返るほどの険しさであったことから、この名前がついたともいわれている。かつては崖から崩落した石が道をふさぎ、かなりの悪路だったそうだが、現在は舗装されているので、坂はきついが足元は歩きやすい。初夏になると山ノ内側はアジサイを見ながら歩くことができる。

緑に囲まれた静かな道。現在は、生活道路として、地元の人が行き交っている

切通しの道頂付近の岩壁に立つ六地蔵

名越切通

大町・材木座エリア
険しい古道はまさに切通しの醍醐味を実感
三浦半島と鎌倉を結ぶ、重要な道のひとつだった道。道の名前は「難越(なごし)」から変化して現在の「名越」になったともいわれ、この道を越えることは大変だったことを物語っている。現在も、坂の高低差や足場の悪いところなどがあり険しい道となっている。

まんだら堂やぐら群。公開期間は限られている

階段状になっている部分もあり、これは後世の造りといわれる

大空洞と呼ばれる場所。狭い道を抜けると視界が開ける

仮粧坂切通

鎌倉駅周辺エリア
通行困難だったかつての面影を現在も感じることができる道
かつては東京・埼玉方面と鎌倉を結ぶ道として重要な出入口で、新田義貞が鎌倉攻めをした際の古戦場でもあった。防衛上の要所だった道は、勾配がきつく「鎌倉七口」のなかで最も急な斜面といわれている。石の階段というより岩の階段が続く道がほとんどだが、距離は短い。坂を上ったところは源氏山公園になっている。

岩肌が露出したダイナミックな道が続く

極楽寺坂切通

長谷・由比ヶ浜エリア
七口のなかで最西南にある道
坂ノ下と極楽寺を結ぶ道で、藤沢方面、さらに京都と鎌倉を結ぶ西の玄関口だった。現在は舗装道路となり旧状をとどめてはいないが、かつては成就院の山門前とほぼ同じ高さだったといわれている。現在は、坂の勾配もさほどきつくなく、生活道路として人の往来だけでなく、車も通れる道となっている。

一部はコンクリートの壁になっている

大仏切通

長谷・由比ヶ浜エリア
岩場の中を歩いていく
現在の大仏トンネルの山上に残る、常盤と長谷を結ぶ道。左右にそそり立つ岩壁の間を歩いていく狭い坂道には、道をふさぐかのような大きな石が点在し、楽に歩ける道にはなっていない。やぐら群やこけむした道もあり、いにしえの切通しの風情が残っていて、幽玄な雰囲気を醸し出している。

そばには葛原岡・裏大仏ハイキングコースがある

ココも有名!釈迦堂トンネル

住宅街が途切れたあたりに忽然と現れるトンネル。現在は崩落の危険があるため通行禁止。

鎌倉を知るキーワード

鎌倉五山

「五山」とは南宋時代の中国にならった禅宗寺院の格付け制度。年々勢力を増す寺院を制御するため北条氏が採用した。また鎌倉時代には「尼五山」という尼寺の格付けもあったが、現在は第二位の東慶寺だけが残る。

一位 建長寺
二位 円覚寺
三位 福寺
四位 浄智寺
五位 浄妙寺

多くの観光客が訪れている「鎌倉五山」第一位の建長寺

鎌倉五水(鎌倉五名水)

水質の悪かった鎌倉で、江戸時代に選定された5か所の湧き水。銭洗弁財天の銭洗水、朝夷奈切通の梶原太刀洗の水、名越切通の日蓮乞水、今はないが建長寺前にあった金龍水、不老水を指す。

・梶原太刀洗水
・金龍水(現在はなし)
・不老水(現在はなし)
・銭洗水
・日蓮乞水

梶原景時が血刀を洗い清めたといわれる朝夷奈切通の梶原太刀洗の水

鎌倉十橋

市内の川に架かる代表的な十の橋。かつては情緒ある橋だったが、ほとんどがコンクリート製になり、夷堂橋や歌ノ橋、琵琶橋のように現存している橋もあれば、乱橋や勝ノ橋など石碑が残るのみの橋もある。

・歌ノ橋
・筋違橋(現在はなし)
・逆川橋
・裁許橋
・夷堂橋
・琵琶橋
・乱橋(現在はなし)
・針磨橋
・勝ノ橋(現在はなし)
・十王堂橋

夷堂橋。長さ11mの短い橋。本覚寺の門前前にある

鎌倉十井

海に近い鎌倉では、昔から良質の水が湧く井戸を大切にし、なかでも名水が湧く10の井戸を十井と呼んだ。極楽寺坂切通付近の星月ノ井、明月院の瓶ノ井、浄智寺の甘露ノ井、海蔵寺の底脱ノ井などがある。

・鉄ノ井
・泉ノ井
・星月ノ井
・瓶ノ井
・棟立ノ井
・底脱ノ井
・銚子ノ井
・六角ノ井
・甘露ノ井
・扇ノ井

星月ノ井

やぐら

山の岩肌をくりぬいて造った墓所。平地が少なく急な崖に囲まれた鎌倉特有のもの。山頂や住宅街にも残り、その数は3000とも4000ともいわれている。

ぽっかりと開いた穴は実は墓。鎌倉のあちこちに残っている

谷戸

山々から延びる、ひだとひだの間にできた谷のことを「谷戸」または「谷(やつ)」と呼ぶ。この谷戸に道が造られ、多くの寺社もここを利用して建てられ、街として発展した。

平地が少ない鎌倉は山か谷で形成されている

筆者:mapple

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この記事の出典元は「まっぷる鎌倉 江の島'19」です。掲載した内容は、2017年12月~2018年1月の取材・調査によるものです。飲食店メニューや商品内容、料金ほか各種データが変更されたり、季節による変動や臨時休業などでご利用できない場合があります。また消費税の見直しにより各種料金が変更される場合があります。そのため施設により税別で料金を表示している場合があります。ご利用の際には改めて事前にご確認ください。

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