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護良親王

鎌倉時代末期から建武の新政期の皇族、武将、征夷大将軍、僧侶、天台座主。後醍醐天皇の皇子。興良親王(おきよししんのう)の父。1314年、6歳で梶井門跡に入る。1325年に門跡を継承し門主、1327年には天台座主となる。『元弘の乱』が起こり、還俗して護良と改名、吉野で挙兵した。建武の新政では征夷大将軍に任命されるが、足利尊氏と折り合いが悪く、将軍を解任され、政治的地位も失くし、鎌倉に幽閉される。『中先代の乱』で殺害された。

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