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公孫淵の反乱~遼東で独立を画策した公孫氏の末路~

まっぷるトラベルガイド編集部

更新日:2021年12月14日

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公孫淵の反乱~遼東で独立を画策した公孫氏の末路~

遼東で独立を画策した公孫氏の末路。

公孫淵が遼東に燕国を建国

公孫淵(こうそんえん)は魏の後背にあたる遼東(りょうとう)に割拠して、叔父の公孫恭(こうそんきょう)より遼東太守の地位を奪い、正式に魏の遼東太守に任じられていました。

しかし、公孫淵は孫権(そんけん)に従う動きを見せながら呉の使者を斬り、首を魏に送りつけて再び臣従。強硬策に転じた魏の攻撃を撃退すると、237年、公孫淵は魏に反旗を翻して燕王(えんおう)を名乗り、燕を建国します。

しかし度重なる裏切り行為が、自身の首をしめることになります。独立に怒った魏が司馬懿(しばい)率いる大軍を遼東へ派遣したのです。公孫淵は呉に援軍を依頼しますが、呉が応じるはずもありません。

公孫淵とはどんな武将?

叔父の公孫恭から遼東太守の地位を奪い、明帝よりこれを認められました。しかし、次第に独立の意志を明らかにして232年、呉に使者を派遣して帰属の旨を伝えました。これに孫権が応えると、一転して魏への服従姿勢をとりますが、逆に魏の侵攻を受けました。その後燕王を称しましたが、司馬懿によって滅ぼされています。

裏切り者の公孫淵の最期

公孫淵は遼水(りょうすい)に防衛線を敷いて抵抗しますが、司馬懿の陽動作戦に翻弄されて防衛線の手薄になった箇所を突破されてしまいます。本拠の襄平(じょうへい)を囲まれたため、公孫淵は取って返しますが、野戦で完敗。襄平に籠って抗戦するも降伏します。公孫淵は助命を乞うものの、許されるわけもなく、司馬懿によって首をはねられました。

この直後に魏に使者を送ったのが邪馬台国(やまたいこく)卑弥呼(ひみこ)です。卑弥呼はそれまで公孫淵に朝貢していたが、この戦いを受けて魏への朝貢を申し出たとされます。魏側もこれを歓迎し、卑弥呼を親魏倭王(しんぎわおう)に任じています。

しかしその魏内部でも混乱が起こっていました。239年に明帝が亡くなると、幼い曹芳(そうぼう)を補佐した曹爽(そうそう)(曹真の子)と司馬懿が実権を巡って争いを始めます。結果的に曹爽が司馬懿を閑職に追いやり、実権を握ったのでした。

【公孫淵の反乱】三国志演義では?

襄平を囲まれた公孫淵は、2度にわたって使者を司馬懿に派遣しています。はじめは和議を結ぼうとしますが、「なぜ公孫淵が出てこないのか?」と使者を斬殺され、次に子を人質として恭順したいと申し入れるも、「降伏できないなら死ね」と拒否されています。

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【見どころ】目次より一部抜粋

■序章 三国志とはなにか?
【『三国志』と『三国志演義』】三国志といっても正史と演義のふたつが存在する
【日本人と三国志】江戸時代に始まる日本の三国志ブーム
【名士の社会】三国志の争いに大きな影響を与えた人々

■第1章 曹操の華北制覇
【黄巾の乱】太平道の張角が信徒を率いて蜂起! 群雄割拠の時代が幕を開ける
【董卓の死】子飼いの将に裏切られ命を落とした暴君
【呂布追討】呂布に徐州を奪われた劉備、曹操とともに呂布を討つ ほか
~コラム~くらべて楽しむ三国志
董卓の死/曹操・劉備・孫権の人物像

■第2章 三国時代のはじまり
【三顧の礼】荊州にて不遇の日々を送る劉備、諸葛亮と出会う
【赤壁の戦い】業火が曹操の水軍を焼き尽くした三国志最大の戦い
【樊城の戦い】樊城を陥落寸前まで追い詰めた関羽、呉の寝返りにより麦城に散る!
【曹操の死】曹操の死と曹丕の即位が三国時代の幕を開ける ほか
~コラム~くらべて楽しむ三国志
三顧の礼/諸葛亮と周瑜の角逐/錦馬超/『孟徳新書』/関帝信仰

■第3章 諸葛亮の北伐
【曹丕の南征】弱体化した呉を狙うも敗退し、蜀呉同盟復活の契機となる
【第一次北伐】劉備の念願をかなえるべく、諸葛亮が長安攻略を目指す
【第五次北伐】魏の持久戦術に成す術なく、五丈原で諸葛亮の命が尽きる

■終章 三国時代の終焉
【蜀の滅亡】厭戦気分の高まる蜀になだれ込み、成都を強行軍によって占領した魏
【魏の滅亡】司馬氏に乗っ取られた魏、禅譲によって晋に取って代わられる
【呉の滅亡】暴君・孫晧の悪政に付け込んで一斉に晋軍が侵攻 ほか

監修者紹介

渡邉義浩(わたなべよしひろ)
1962年生まれ。筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科史学専攻修了。早稲田大学文学学術院教授。専門は中国古代思想史。文学博士。主な著書に『三国志事典』(大修館書店)、『「三国志」の政治と思想 史実の英雄たち』(講談社)、『三国志 演義から正史、そして史実へ』(中公新書)などがある。

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